古い家にガタが来たり、モダンな生活に合わなくなって建て替えられるのは、ごく自然なことである。大切に使っていれば、やがて文化財に指定されるかもしれないが、生活者にとってベストな居住空間かどうかは分からない。一軒ならまだしも町並み全体を昔のままに維持するのは、住民の協力や行政の支援など、それはそれは大変な苦労があるだろう。
重要伝統的建造物群保存地区、いわゆる重伝建とは、そういう努力の結晶である。私は以前の記事「お姫様『柚べし』百本お買い上げ」で山陽道矢掛宿を紹介したことがある。本陣の見事な構えを見ようと、多くの観光客が訪れている。本日も宿場町のレポートをお送りする。
美作市土居に県指定史跡の「土居一里塚」がある。
ここは出雲街道土居宿。西から歩いてきた旅人にとって美作最後の宿となる。もっとも写真は津山方面を向いており、宿場町はカメラの後方になる。道の両側にある木が一里塚で、このように残っているのは珍しい。説明板を読んでみよう。
一里塚
昭和四十七年四月二十日指定
江戸幕府によって、江戸日本橋を起点に、一里ごとに塚がつくられた。
慶長九年(一六〇四)に藩主森忠政のとき、出雲往来に三十六町ごとに街道の両側につくられたその一つである。
北塚には黒松、南塚には榎が植えられて、一里塚の形式を完備していた。
松は戦時中献木のため切られた榎も戦後切られたので、昭和四十七年(一九七二)榎と松を植えた。
なお、昭和四十六年一里塚の石標を建立した。
作東町教育委員会
なんだ、榎と松は植え替えられたものだった。そりゃそうだろう。一里塚の松が戦争、近代化、そしてマツクイムシの被害から免れるのは、けっこう至難の業だ。復元されてから幾歳月。両方の木にも風格が現れてきたように感じる。さあ、振り返って宿場町へと進もう。
少し進むと道の脇に立派な門がある。「出雲街道土居宿 西惣門(関門)」である。
門の先は行き止まりでどこにも行けないから唐突な印象があるが、土居宿を特徴づける重要な門である。説明板を読んでみよう。
この惣門は、慶長(一五九六~一六一四)年間に幕府による出雲街道の整備にあたり、ここに美作七駅の一つとして土居宿駅を定めた際、東と西の出入り口に関門を設け、朝夕門番によって開閉し、国境の警備のために建築されたもので明治二年の関所廃止令により取り壊されたものを平成十三年三月復元建築したものです。
宿場町の両端に惣門を備えていたのは、全国的にもまれな事例と言われています。
写真は宿場町の内側から撮影している。内開きの門は防犯に適していると言われるが、「関」の役割を担う西惣門は西からの侵入者に備えているようだ。こうした門が宿の両端にあったというから、国境を守るという強い意志が感じられる。さあ、宿場町の中心部へと進むとしよう。
町並みは宿場町の面影をまったく感じさせないが、まっすぐな道と両側の家々から雰囲気を想像することはできる。ところどころにある重要施設の表示が手掛かりだ。この写真では街道の左側に「出雲街道土居宿 本陣跡」がある。
表示には「間口約55M」とあり、かなり大きな屋敷だったことが分かる。残っておれば重文指定間違いなしだろう。ここからは想像の世界だが、本陣前は多くの供の者があわただしく動いていた。やがてその動きが収まり、豪奢なお駕籠が玄関先に止まる。中から降りるのは姫君。一瞬そこだけが明るく照らされるように見えた。『新編作東町の歴史』には、次のような記述がある。
本陣に泊まった者は、勅使をはじめ、宮家、門跡、公家、大小名、それに駿府・大坂二城の番衆などであった。また藩主の姫君が泊まっても大名なみの格式であった。文政二年(一八一九)三月二四日、津山松平藩の姫君ムツ姫、ヨリ姫がこの本陣に止宿した。乗り物の駕籠は葵の紋に金金具(きんかなぐ)をちりばめ、人足、おふれ一七一人が二〇軒に分宿した。
文政六年(一八二三)一月二九日。この日、五〇年目に上京するという誕生寺円光大師尊像が通過の途上この土居本陣などに宿泊した。その帰りは六月一五日で、二回とも本陣で開帳が行われた。近村からも継人足が寄進として集まり、その数一六〇~一七〇人に達した。行きも帰りも同じくらいの人足が出たという。(「便房黎明録」安東質直著)
今は閑散としている本陣跡だが、かつては別世界の光景が見られたことだろう。ここは実に、VIPの定宿だったのだ。文中に登場する二人の姫は、津山松平家7代藩主松平斉孝公の息女、睦姫と従姫である。睦姫は駿河田中藩6代藩主本多正寛公に嫁ぎ、従姫は11代将軍家斉公の十五男松平斉民公に嫁いだ。斉民公は8代津山藩主でもある。
栄枯盛衰はあざなえる縄のごとし。記録に留められた出雲街道土居宿の繁盛ぶりを、イマジネーションの世界で再現してみよう。時空を自由に行き交いながら、過ぎ去った時代を楽しもうではないか。
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