地震は、地球ができて以来頻発しているはずだが、文字記録に残るのはいつからだろうか。我が国最古の地震は、『日本書紀』巻第十三の允恭天皇５年７月１４日条「五年秋七月丙子朔己丑、地（なゐ）震（ふ）る。」と記されている。
被害はどうなのか。允恭天皇は、先代の反正天皇の殯宮（もがりのみや＝葬送施設）が壊れていないか、家臣に見に行かせた。特に被害はなかったが、施設担当者である玉田宿禰（たまだのすくね）がいない。捜索すると、本拠地に戻って酒盛りをしているではないか。玉田宿禰は職務怠慢がバレないように、捜索に来た者に馬を与えて口封じとし、あろうことか帰り道で殺してしまった。
この後、玉田宿禰は天皇の呼び出しを食らって、最終的には誅殺されてしまう。我が国最古の地震の被害は、政治スキャンダルに発展した。本日は紙の記録ではなく石の記録、我が国最古の地震津波碑をレポートする。
徳島県海部郡美波町東由岐に「康暦の碑」がある。町指定文化財である。今年６月２７日、皇太子殿下も見学されたそうだ。
釈迦三尊を示す梵字と六十余名の名前、その下に「康暦二庚申霜月廿六日」という日付が刻まれていたという。年号の部分は昭和の初め頃までは確認されているが、現在は不明だそうだ。すぐそばの説明板には次のように記されている。
康暦の碑
美波町指定文化財 昭和３２年５月８日指定
康安元年（１３６１年）の大地震津波の死者の供養碑と伝承されているが、銘にある６０余名が写経埋納した納経供養碑と推定される。太平記にも「ゆきのみなとの大災害」として詳細記述されており、日本最古の地震津波碑。康暦２年（１３８０）設立によりこの名が付けられた。
美波町教育委員会
康安元年６月２４日に南海トラフ巨大地震が発生した。康安は北朝の年号で、南朝では正平十六年にあたる。このため一般には「正平地震」と呼ばれている。この碑は、地震から二十年ほどして建てられた供養碑である。
実は、もっと年代の近い石碑がある。
美波町西の地に「貞治の碑」がある。こちらの碑も皇太子殿下がご覧になった。
子安地蔵というお堂の中に、その石はあるという。説明板を読んでみよう。
貞治の碑
昭和３２年５月８日指定 美波町文化財
この堂に安置されている砂岩の石碑高さ８０センチ幅１００センチ右下隅に地蔵尊の浮彫り中央に貞治６年６月２４日紀年銘貞治６年は南北朝時代の北朝年号（１３６７）安政地震の際沖の堤防で異様な光を放つこの石を見た地元の信仰厚い人たちが此処に移しお祀りしたと伝えられている。
美波町教育委員会
貞治六年は地震から６年後にあたる。康暦の碑も貞治の碑も年代は明記されているが、地震や津波が発生したことが明記されているわけではない。それでも建立時期を考えれば、津波犠牲者を悼む供養碑とするのが自然だ。安政地震の際に異様な光を放ったのも、この石碑が津波との関連で人々に記憶されていたからだろう。
お堂を少しのぞかせてもらおう。「貞治六年」という文字を見ることができる。生々しい記録が残る当時、どのような思いで文字を刻んだのだろうか。正平地震の様子を『太平記』で読んでみよう。巻第三十六「大地震並夏雪事」である。
同年の六月十八日の巳刻より同十月に至まで、大地夥（おびたゞ）しく動て、日々夜々に止時なし。山は崩て谷を埋み、海は傾て陸地に成しかば、神社仏閣倒破れ、牛馬人民の死傷する事、幾千万と云数を不知。総て山川、江河、林野、村落、此災（わざはひ）に不遭（あはず）云所なし。中にも阿波の雪湊（ゆきのみなと）と云浦には、俄に大山の如なる潮（うしほ）漲（みなぎり）来て、在家一千七百余宇、悉（ことごとく）引潮に連て、海底に沈しかば、家々に所有（あるところ）の僧俗、男女、牛馬・鶏犬、一も不残（のこらず）底の藻屑と成にけり。
正平十六年・康安元年（１３６１）６月１８日午前１０時ごろから同じ年の１０月に至るまで、地震が頻発し昼夜収まることがなかった。山が崩れて谷を埋め、海が隆起して陸となったので、神社仏閣は倒壊し、人も牛馬も数えきれないくらい死傷した。河川や山林、村落で被災しなかったところはない。なかでも阿波の由岐という港では、山のような津波が来て、１７００軒余りの家が引き潮に持っていかれ海底に沈んだ。そのため、村の僧俗男女や牛馬鶏犬はすべて海の藻屑となってしまった。
南海トラフ巨大地震は記録に残るだけでも、白鳳（６８４）、仁和（８８７）、永長（１０９６）、正平・康安（１３６１）、明応（１４９８）、宝永（１７０７）、安政（１８５４）、昭和（１９４４、４６）の８回は確認されている。八度あることは九度ある。
これまで３回にわたって旧由岐町内に残る地震津波碑を紹介してきた。それは、先人が思いを込めて後世のために刻んだ石碑であった。「忘れず、備え、逃げる」という教訓を活かすために、本記事が一助となれば幸いである。
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