お札の肖像となった女性といえば、五千円札の樋口一葉が有名だが、二千円札に紫式部が密かに描かれていることも忘れてはならない。こうしたことは男女同権の現代的な動向かと思ったら、そうではなかった。
明治時代に発行された紙幣で、最初に肖像として採用されたのは女性だった。彼女の名は神功皇后。描いたのはイタリア人のキヨッソーネだったから、少しエキゾチックな雰囲気の女性に仕上がっている。
本日は、その神功皇后の妹の話である。
武雄市朝日町大字中野(川上)に「淀姫(よどひめ)神社」が鎮座する。
ごく普通の古い神社のように見えるが、ここはフジテレビのドラマ「佐賀のがばいばあちゃん」のメインロケ地になったという。B&Bの島田洋七の自伝的小説が原作である。
がばいばあちゃんと神功皇后の妹とは何の関係もないだろうから、由緒については宮司さんによる説明板に教えてもらおう。
淀姫神社の祭神は、神功皇后の妹の淀姫命で、またの名を豊姫ともいい、朝日村の村社であった。
神社の創建のいわれは、神功皇后の朝鮮出兵の時、妹の淀姫が後をしたって武雄温泉に来られ、丸山の風景をながめ、長旅の疲れを慰められたという。
皇后の旅立たれた後、淀姫はニ十二歳の若さでここ川上の地で亡くなり、御霊を祀るため建てられたと伝えられている。
この神社には明神鳥居と呼ばれる鳥居が二つあり、一の鳥居は正徳六年(一七一六年)建立、二の鳥居は大正六年(一九一七年)に建てられている。
妹は、三韓征伐に向かう姉を追ってやって来たものの、22歳の若さで亡くなった。不憫に思った村人が姫の御霊を祀ったことが、神社の始まりだという。この地は昭和29年まで佐賀県杵島郡朝日村であり、社格は村社であった。
同名の神社はこの地方に多く、もっとも有名なのは肥前国一宮である與止日女(よどひめ)神社である。御祭神の與止日女は、淀姫、豊姫とも表記されるようだ。その元をたどれば、『肥前国風土記』の世田姫ではないか、と言われている。「佐嘉郡」の一節をを読んでみよう。
又この川上に石神あり。名を世田姫(よたひめ)といふ。海の神〔鰐魚(わに)を謂ふ〕年常(としごと)に、逆(さか)ふ流(ながれ)を潜(くゞ)り上りてこの神の所に到るに、海の底の小魚多(さは)に相従へり。或るは人その魚を畏(かしこ)めば殃(まが)なく、或るは人捕り食へば死ぬることあり。凡(およ)そこの魚等、二三日(ふつかみか)住(とゞま)りて、還りて海に入る。
また佐嘉川(現在の嘉瀬川)上流の川上に石神があった。その名を世田姫という。海の神であるサメ(ナマズとも)が毎年流れに逆らって川をのぼり、この神様のもとへやって来ていたが、たくさんの小魚もついてきた。ある人はその魚を敬えば災いがなくなると言うが、ある人は獲って食べれば死んでしまうとも言う。この魚たちは二三日留まってから、海に帰るのである。
何とも不思議な伝説だ。世田姫は石なのか。姫の名の「よた」が「よど」や「とよ」に変化したようだが、ここでは神功皇后の妹だとは記されていない。アイドル界なら妹デビューが多く、古くは西城秀樹や田原俊彦の妹だとか、最近はももクロの妹分とか、義兄妹の契りを交わすのをよく聞く。
淀姫はいつから神功皇后というヒロインの妹になったのか。文亀三年(1503)の吉田兼俱『延喜式神名帳頭註』肥前佐嘉郡条に、次のような記述がある。
與止日女。 風土記云。人皇卅代欽明廿五年甲申冬十一月朔日甲子。肥前國佐嘉郡與止姬神有鎮座。一名淀姬。乾元二年記云。淀姬大明神者。八幡宗廟之叔母。神功皇后之妹也。三韓征伐之昔者。得干滿兩顆而沒異域之凶徒於海底。文永弘安之今者。施風雨之神變而摧幾多之賊船於波濤云々。河上大明神是也。
与止日女。『風土記』によれば、第30代欽明天皇25年11月1日、肥前国佐嘉郡に与止姫神(淀姫ともいう)が鎮座されたという。『乾元二年記』によれば、淀姫大明神は応神天皇の叔母で、神功皇后の妹である。三韓征伐のむかし、神功皇后は「しおみつたま」「しおふるたま」を得て、異賊を海底に沈めた。近くは文永弘安の役で神風を吹かせ、幾多の賊船を波濤で打ち砕いた。これらはすべて与止日女の霊験である。
肥前一宮の與止日女神社の話ばかりになった。この神社の鎮座地は佐賀市大和町川上である。いっぽう本日紹介の淀姫神社は、武雄市朝日町大字中野(川上)に鎮座する。共通するのは「川上」であり、伝説も共有されているようだ。
淀姫は豊姫とも呼ばれることを紹介したが、「とよ」は卑弥呼を継いだ女王「台与」に通じる。淀姫伝説が九州北部に集中しているのは、邪馬台国九州説を補強することになろう。だが台与の墓ではと注目されているのは、天理市の西殿塚(にしとのづか)古墳である。やはり畿内説か。
ここまでくると、何が事実でどこから伝説なのか、よく分からない。確かなことは、神話界に神功皇后の妹がデビューしていたことである。けっこうブレイクして、卑弥呼の後継者と見なされるまでになっている。
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