酷道とか険道という国道や県道とは思えないような道路があり、それを楽しむスリリングな趣味もある。快走するドライブがよいに決まっているが、人はなぜ酷く険しい道を走ろうとするのだろう。その日、私は地元の方が美しいという滝を見に行くため、進入したことのない道に車を乗り入れた。
津山市八社(やさ)に「小滝」がある。今回は涸れ滝で風景が淋しいが、あじさいの季節には跳ねながら落ちる水と可憐な花が美しく映えるそうだ。
アクセスの容易な滝で、道行く人々に長く愛されてきた。小滝と言いながら、水はけっこう上のほうから流れてくるようだ。『久米郡誌』(大正12年)第四章「名蹟」には、次のように紹介されている。
小滝
倭文東村大字福田上
両山寺五滝の一、高さ十間、幅四間、傍に大師堂がある。榜示が乢へ上る道路の左側にあって通行する旅人の足を止めしめる。滝は小さいが雅致がある。
倭文(しとり)東村はその後、倭文村、久米町を経て津山市の一部となっている。福田上は津山市となる際に八社と改称された。倭文東村や倭文村の役場は倭文ふれあい学習館(津山市里公文)の場所にあった。向かいは鯖寿司で有名な美園食品である。
ここから山へ向かう道が県道である。道幅は広くないが、小滝までは困ることはない。険道はそこから榜示乢へ至るまでの道を指す。勇気を出して進んでみよう。
八社地内の「岡山県道455号小山桑上線」である。
絶景と絶壁、そしてこの幅員。舗装されていなければ驚かない。林道にはよくある風景だ。しかし、ここは舗装された県道である。対向車のないことを祈りつつ、山側に寄せながら慎重に進んだ。
津山市八社と久米郡美咲町小山の境に「榜示乢」がある。幅員1.5mの標識が過酷さを警告している。
ここから先は、どちらに進もうが道幅に困ることはない。かつては眺望が良好であったと『久米郡誌』に記されている。読んでみよう。
榜示乢(ほうじがたわ)
倭文東村大字福田上
峻坂凡そ二十町、頂上は三分して北は倭文東村東は打穴村西は垪和村に接し東南は二上山に続いて居る。北方は津山一帯の盆地を隔てゝ遥に中国の連峰を望み、風景が佳い。榜示樹があったので殊に其の名が高い。遠くから之を望むと杳として画の如く旅人の目標となって居たが、近年之を伐採したのは惜むべきことである。
ランドマークとなるような大木があったという。ここは備前と美作の国境ではないが、おそらく旭川水系と吉井川水系の分水界になるだろう。険道に入らずんば絶景を得ず。そこまでの秘境ではないが、もう一度走破してみようとは思わない。