マヤ暦によれば2012年に人類が滅亡する。そんな話があったが私は信じない。1999年のノストラダムスの大予言は見事に外れたではないか。1970年代のオカルトブームの渦中に小学生だった私が心配していたことは何だったのか。偉大なカール・マルクス先生でさえ資本主義社会の破綻という予言を外したくらいだから、終わりが来るなどと主張する終末論には気を付けたほうがよい。
守谷市高野(こうや)に「成田不動明王石碑」がある。
この石碑は『守谷のふるさとかるた』(守谷市教育委員会・守谷のかるたをつくる会、2001年)で次のように登場する。
その昔 人騒がせた おばけ石
そういえば、人を寄せ付けないように石碑の周囲が柵や有刺鉄線でものものしく囲われている。どんな騒ぎだったのか。かるたの解説を読んでみよう。
昭和五十年(一九七五)七月、高野の成田不動明王石碑に人の顔が写っているのを近所の小学生が発見しました。石碑の前で遊んでいて「人の顔が写った」ということでした。ちょうどお盆の頃で、その噂が広まり、やがてテレビ・週刊誌等でも報じられ、全国各地から見物客が殺到しました。このお化けは、成田の不動様に戦勝祈願をした藤原秀郷に首を討ち取られた将門の無念の恨みによって起った現象という話もあります。
それならばと思い、カメラを近づけると…
不動明王のお姿が刻まれている。碑面の中心部が白っぽい。寒さをこらえて見つめていると、大きな顔に見えなくもない。
守谷には平将門の王城があったとされ、この地高野の海禅寺には将門と七人の影武者の供養塔がある。成田不動尊は平将門討伐に霊験があった。墓の近くに立つ成田不動に無念の思いが現れても不思議はない。そこまで小学生が知っていたかは別にしても昭和50年という時期には着目したい。
ノストラダムスの大予言ブームが始まったのが昭和48年、ユリ・ゲラーの超能力が昭和49年、そして昭和50年である。1970年代はオカルトブームの時代だった。木曜スペシャルが少し怖そうな効果音とともにUFO特集をやっていたのもその頃だったろう。
昭和51年に大河ドラマで平将門が主人公となったが、出演者はその年の成田山の節分会への参加を辞退したという。ずいぶんと深く歴史的な確執。将門伝説が語り伝えられた守谷の地。そして小学生も夢中になったオカルトブーム。歴史的、地理的、社会的な条件が揃って「お化け」が出現した。
「お化け」はどこにでも出てくれるわけでない。出てもおかしくない場所で出るかもしれないと感じている人の目に映るのだ。
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