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南蛮渡来のタヌキの物語

「魔法のコトバ」というSPITZの名曲があるが、多感な時期、その一言で劇的に世界が変わった経験をお持ちではないか。その魔法、恋といふ。恋魔法なら何時までもかかっていたいものだが、勘違いだったことがよくある。本日は魔法という名の神社である。どんな魔法にかけられるというのだろうか。

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岡山県加賀郡吉備中央町上田西に「魔法宮 火雷神社」が鎮座する。すぐ西側は三納谷(みのうたに)との境である。

このあたりは中国自然歩道が東西に通過している。細田地内の山路を西へ進むと駐車可能なスペースがあり、そこに「魔法宮」説明板が設置されている。その先の分岐は左手へ進むと、尾根筋に伸びる参道が見つかる。説明板を読んでみよう。

魔法宮(まほうぐう)
その昔、一匹の古ダヌキが南蛮渡来の船にまぎれて日本にやってきました。その名を「キュウモウ」というこのタヌキ、化けるのがとてもうまく、この地方に住みつき人間と同じような生活をしていました。また、いたずらが大好きで、人家にはいっては悪いことばかりしていました。こまった人々は、タヌキのいたずらではないかと円城寺の和尚にタヌキ退散の祈願をしてもらったところ、キュウモウはタヌキの姿にもどってしまい、「これからは牛馬の難儀を助け、火難、盗難を告げ、善家一司を守ります。だから助けてください」となみだを流してたのみました。翌朝、境内には大きなシメナワが張ってあり、それきりタヌキは消えていなくなりました。村人はそれからこの神社を「魔法さま」と呼び、牛馬の守護神として祭ったと云い伝えられています。
環境省・岡山県

円城寺はこのあたりの古刹で、その法力で化け狸を退散させたという。南蛮渡来の狸という設定も珍しく、メルヘン調の不思議な物語だ。物語の出典は『備前加茂化生狸由来記』といい、『御津郡誌』に抄録が掲載されている。

今は昔人皇百七代正親町天皇の永禄十一年南蛮国の王合甚尾日本へ伴天連を遣はせし折、年経し古狸其の船に隠れて来朝せり。かくて古狸は伊勢參宮せし牛の背の柳行李の間に飛び乗り、此の牛の生国備中呰部に着き、其の辺の湯殿山といふ山の岩窟の間に棲むこと年あり。此の狸をキウモウといふ其の牝狸キウモウを尋ねて人に化け籠に乗り、金川虎倉を過き加茂市場に来り休息せし折、鋭敏なる猟犬ありてこの牝狸に飛びかゝりこれを喰ひ殺せり。かくて狸の真相をあらはせしが、其の後此の辺屢々火災あり人々不思議に思ひ居たり。斯くて元文六年の頃上田村黒喰山に銅山採掘の業始まり、備中呰部の某資本主となり、藩の役人も出張し、坑夫も多く集り遊女なども出来たり、彼の古狸キウモウも人に化けて此所に来り遊女くるひの遊びをなし、遂に乱心して諸所方々駆け歩るけり。其の後鋼山採掘止みしかば、其の銅坑に住ひすること年あり。時に宝暦年中より明和に移り、九年の間夜は出で牛鍬の古ざきを鐘となしてコン/\と打たゝき、サンヤン/\といふて馳せ廻れり、村人も初めはいぶかしく思ひしが後には狸なりと知れり。鮮やかに人語をなし、折々は人に化けて人家へも立入り、又夜毎に附近の人々の善悪を云ひ触らせり。村人群集して狸狩りせしも直ちに他所に移りて獲る能はず。又四国修行旅僧などに化けて諸所物貰に步るく、夏になれは人に化けて田植の手伝をなし、盆踊の仲間入などして戯る、若し犬など連れて狸狩せんと企てしものあれば其の家に火をつけ又は様々の禍をなす。圓城寺の和尚之を嘆き、化生退治の祈祷をなせしかは此の地に居たまらずして去れり。其の後諸方にて悪戯をなし木葉を銀札に用ひなどせしが又もとの黒喰山の坑穴に隠れ棲めり。狸の曰へらる、我は与那国長者の家に生れしが、日本は神国なるを以て渡海せり、思ひし如く神国なれば、年経るまゝに心清浄となり、身体健やかになりて、病を知らず、我命あらん限りは牛馬の難義を助け、火難盗難を告け知らせ、善家一同の助けならんこと我の念願なりと。此の狸を苦しめしものゝ家には忽ち放火をなすを以て、村人多勢集まりて夜半過まで探し求むるも得ず、七つ頃より暁まで僅か二時ばかりにて、しめ縄を黒喰山にひき廻せり、人々其の怪力に恐れ、遂に其の所に摩利支天の社ありしかば、其の傍に、ほこらを建て魔法宮と名つけ祭り、縁日の賑ひをもなせしかば其の後は悪戯をもなさず、馬の守護、火災盗難の守護として効験ありとかや。

南蛮国の王様は「合甚尾(ごうじんび)」といい、与那国(よなこく)長者の家に生まれた狸は「サンヤンサンヤン」と騒いだという。これだけでも訳が分からないが、原本『由来記』には、キュウモウが置き忘れた「唐団扇に似たるもの」には骨がなく、材質は皮でも紙でもなく、よく分からない字が書いてあった、と記されている。また、与那国は天竺にあるという。

永禄十一年は1568年。当時のスペイン王はフィリピンの国名由来となったフェリペ2世であり、ポルトガル王は枢機卿でもあるエンリケ1世だった。ちなみにフィリピン総督はミゲル・ロペス・デ・レガスピである。合甚尾はレガスピのことだろうか。

天竺でYonaというのは、アレクサンドロス大王東征以後に西北インドで勢力を有したギリシア人で、バクトリア王国を建国したことで有名である。ヘレニズム文化と狸は縁遠いように思えるが、どうなのだろう。

地名を検証しよう。呰部には諏訪の穴という大きな鍾乳洞がある。ここにキュウモウ狸は棲んでいたのだろうか。牝狸の移動ルート、金川→虎倉→加茂市場は現代の岡山県道31号高梁御津線である。火雷神社のある場所は上田西地内の黒杭(くろくい)という。圓城寺はこのあたりの古刹で、霊亀元年(715年)の開創と伝えられる。摩利支天が魔法という名の由来というが、本当だろうか。

魔法という名の神社は此処だけではない。

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吉備中央町竹荘(たけしょう)の岩牟良(いわむら)神社の境内に保食神社があり、「マホー様」という通称がある。鳥居の扁額には「魔法社」と刻まれている。

保食神は穀物をつかさどり、魔法様は牛馬の守護神である。牛馬のおかげで穀物は豊かに実る。保食神と魔法様のナイスな連係プレーだ。

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総社市槁(けやき)に「魔法神社」が鎮座する。

社殿には青い狸が置かれていた。キュウモウ狸だろうか。狸は本当に人を化かすのか。史書を調べてみることにしよう。『日本書紀』巻第二十二推古紀には、次のように記録されている。

三十五年の春二月、陸奧の国に狢(むじな)ありて、人に化(な)りて以て歌うたふ。

なんだ、南蛮渡来のキュウモウ狸はひばごんのような地方UMAかと思ったら、我が国古来の化け狸だったようだ。化けること、それはすなわち魔法。化かされるのが嫌かと言われたら、そうでもない。真実など知らないほうがいいことがある。化かされて幸せなら、それはそれでいいじゃないか。


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