昨日はよく空を見上げたものだ。これほど雲が邪魔に思えたことはなかった。日の丸と呼ばれるように太陽は丸い。当たり前としか思えないことが,当たり前でなくなるのだから,期待が高まるのも当然だ。しかし,今日は一転,空を見上げる気にもならないくらいの酷暑で快晴。如意ならざるもの,それは日蝕との遭遇である。
倉敷市玉島柏島の玉島大橋西詰めに「源平合戦水島古戦場」がある。
二枚目の写真は,平家方の陣地から源氏方を望んだものだ。玉島大橋は「源平大橋」という愛称もあるらしい。碑文は次のように解説する。
水島の門(と)を隔てて相向う柏島には平家方 乙島には木曽義仲の客将率いる源氏方が陣取り 時将に寿永二年(1183)閏十月一日 壮烈な海上戦となって 源氏方が惨敗海の藻屑と化した 空には日蝕が現われ 西風の強い日であった
源平盛衰記は次のように伝えている。
天俄(にはか)に曇て日の光も見えず、闇の夜の如くに成たれば、源氏の軍兵共日蝕とは不知(しらず)、いとゞ東西を失て舟を退て、いづち共なく風に随つて遁行(のがれゆく)。平氏の兵共(つはものども)は兼て知にければ、いよ/\時を造り重て攻戦(せめたたかふ)。
写真でも見て取れるが,石碑の上部に黒い丸がある。これが日蝕を表している。暦道,天文に詳しい平家ならではの勝利であった。
寿永の日蝕は武家の命運を左右したが,昨日の日食は人々に感動を与えた。観測ツアーに参加したものの大雨で見ることの叶わなかった人もいる。ただ月が太陽を隠しているだけの自然現象だが,その希少性に人の心は動かされるのである。
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