民主主義の要諦は、多数決ではなく熟議である。にもかかわらず、議論のないままに消費税の使途変更が、安倍首相最大の選挙公約となっている。「選挙はまさに民主主義における最大の論戦の場だ」と首相は言うが、そもそも選挙は、自分の主張をアピールして票を取り合うゲームで、合意を見出して課題を克服しようとするものではない。
税の使途変更がなぜ必要なのか。財政再建はどうするのか。国民が適切に判断できる情報はどこにあるのか。「教育無償化」という心地よい響きだけが、選挙中に一人歩きするだろう。選挙の熱狂の中で熟議は無理だ。だからこそ、臨時国会で論戦して、国民に冷静に判断できる材料を提供すべきだったのだ。
憲法改正はなぜ必要なのか。改正しなければならぬほど困っているのは何なのか。自衛隊を違憲とする学者が多いからと主張しているが、これにどれほど困っているのか。本当に困っているのは、憲法53条で国会の臨時会を要求しても長く放置されること、そして、召集してもすぐに解散することである。「何日以内に召集」とか「質疑の後に解散できる」とか、熟議が阻害されないように改正を行うべきだろう。
安倍政権の最大の売りは対北朝鮮政策だ。「対話と圧力」と言っていたのが、ついに「圧力」にシフトした。対外硬の姿勢を頼もしく感じる人も多いようだが、「対話は無に帰した」との国連演説は「爾後国民政府を対手とせず」という近衛声明と同じではないか。対話路線の堅持はじゅうぶん争点になると思うが、どうだろうか。
モリカケ問題がいちばん熟議からほど遠い。熟議に必要なのは、判断材料となる情報である。この問題は、言った言わないの水掛論ではなく、首相の周辺人物ばかりがおトクなんじゃないの?という政治の公平性に対する根本的な疑念である。だからこそ「一点の曇りもない」決定プロセスを明らかにする必要がある。情報公開は行政に対する信頼性を担保するのだ。
なんのかんのと言ってみたものの、「バンザイ」の声とともに代議士は国会から全国に散り、選挙戦が始まった。熟議とは真逆に、民進党は節操もなく一瞬で崩壊した。こは何事のあらそひぞや。争いのようであり、お祭りのようでもある。本日は戦国時代に、本物の争いであったウソのような本当の話を紹介しよう。
郡上市大和町牧(志の脇)に県指定史跡の「篠脇(しのわき)城跡」がある。
写真は北側にある古今伝授の里フィールドミュージアムからパノラマで写している。中央の形のよい山が城跡である。中世山城として遺構の保存状態が良好なようだが、私の関心は別にある。
時は応仁二年(1468)、前年に始まった大乱で篠脇城は山名方に攻め落とされ、地元の武将斎藤妙椿(みょうちん)が占拠した。この時、城主の東常縁(とうのつねより)は運悪く関東に下向しており、次のように詠んだ。
あるがうちに斯る世をしも乱りけん人の昔の猶も恋しき
常縁の家臣浜春利は哀れに思い、この歌を兄の浜康慶のもとに書いて送った。続きは『鎌倉大草紙』(下)を読んでみよう。
康慶此歌を感じて、歌を好む人々に見せもてはやしければ、斎藤妙椿伝へ聞きて、常縁は元より和歌の友人なり。今関東に居住して、本領斯く成行く事、いかに本意なき事に思ひ給ふらん、我も久敷此道の数寄なれば、争で情なき振舞をなさんや。常縁歌を詠み送り給はば、所領元の如くに返しなんと、康慶に物語りしければ、康慶、舎弟春利の方へ此の由申し送る。
康慶はこの歌に感じ入り、歌の好きな人々に見せてほめそやしていたところ、斎藤妙椿がこれを伝え聞いて「常縁は昔からの和歌の友人だ。今関東にいて、本領がこのようになっているのは、いかにも残念であろう。私も長く歌をしているので、争いなど無粋な振る舞いができようか。常縁が歌を詠んで送ってくれるならば、所領は元通りに帰すこととしよう」と康慶に語った。そこで康慶は弟の春利にこのことを知らせた。
そして常縁は和歌十首を妙椿に送り、妙椿もまた返歌するとともに、約束通り城を返したのである。鼻息が荒く威勢のいい言葉を口にするだけが武将ではない。歌の嗜みもあるのが、まことの強者(つわもの)である。東常縁は古今伝授を受けた歌人としても知られていた。
それから後の天文九年(1540)、篠脇城に越前の朝倉勢が来襲したが、時の城主東常慶(とうのつねよし)が激戦の末撃退した。この時の戦死者の首塚がこれだ。
郡上市大和町牧に「千人塚」がある。これは田口谷塚三号墳で、近くに一号墳、二号墳がある。三号墳は特に「木蛇寺塚」とも言い、廃寺となった寺の遺物が埋められたと伝えられている。
首塚ができるほど多くの死者を出す戦闘により決着した争いもあれば、双方の武将が歌を送り合って心を通わし円満に解決したケースもある。ミサイルを飛ばす相手に歌を送ったところで丸く収まるわけがないが、対話の用意があるとメッセージを送る意味はあるだろう。
現在の北朝鮮当局とトランプ米大統領の恫喝合戦は、完全にチキンゲームとなってお互いにブレーキが踏めなくなっている。運転するトランプさんの助手席で安倍さんが「異次元の圧力を」とこぶしを突き上げている。
しかし、遠くで心配そうに見ているメルケルさんは「交渉するなら私に言って」と仲介に意欲を持っているし、すぐ近くには「対話と交渉のテーブルは開いてるよ」とする文在寅さんもいる。対話のチャンネルを放棄するのか堅持するのか。今回の総選挙最大の争点は対北朝鮮外交であって、消費税の使いみちではない。
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