夜は暗いが、真の闇を体験することはなかなかない。そこでお勧めしたいのは、善通寺や朝護孫子寺に設けられている「戒壇めぐり」というアドベンチャーコースである。壁に手を当てていなければ右も左も分からない。ゆっくりと歩を進めるうちに、ほのかな明かりが見えてくる。これを光明と言わずして何と言おう。闇の中の明かりは希望に他ならない。
神戸市東灘区本山町北畑の保久良神社の社前に「灘の一つ火」がある。かつては「沖の船人たよりに思う 灘の一つ火ありがたや」と謡われたそうだ。
見晴らしのよい高台に建てられた常夜灯。眼前に広がるのは大阪湾。我が国の最重要海域である。神戸の夜景が輝く今とは違って、むかしの船人はどこが陸地が判別できなかっただろう。社頭にある説明板には次のように記されていた。
社前にある常夜灯は、古来から「灘の一つ灯」として、沖をいく船の夜の目印とされてきた。伝説では、日本武尊(やまとたけるのみこと)が熊襲(九州)遠征から帰る途中、大阪湾で夜になって航路がわからなくなり神に祈ったところ、北の山上に一つの灯が見えた。それを頼りに船を進めたところ、無事に難波へ帰ることができたという。「灘の一つ灯」として、航海する人の標識となってきたことがこうした伝承を生んだのだろう。現在は、文政八年(一八二五)六月に建立された石灯籠が立っている。昔は北畑の天王講の人々が毎晩一晩分の油を注ぎ点火してきたが、現在は電気で点灯している。
闇の中に迷うヤマトタケルを救った明かりだという。英雄だけではなく海を行く多くの人が頼みとした航路標識だった。一つ火はどこまで届いていたのかを計算した興味深い記事を神戸新聞のサイトで見つけた。船上の人の目の高さを3m、一つ火の標高を185mとすれば、(√3+√185)×2.083という式で水平線に隠れない距離が算出できるそうだ。
これを地理的光達距離といい、計算すると約32という数字が求められる。単位は海里なのでキロに換算すると1.852×32=59.264で、約60kmということになる。実際には光が弱いのでそれほどまでには見えなかっただろう。
それでも闇夜の中では希望の明かりである。それは不安と闘う力の源となるだろう。緊急事態宣言下でオリンピックという祝祭が始まった。ちょうど今、各国の入場行進が続く。彼らは勝利を目指しているのだろうが、どこに向かって進んでいるのか分からない私たちには、今こそ「一つ火」を灯す人が必要だ。
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。