夏の声を聞くと、滝が呼んでいるような気になる。その流れが、その音が、あたりに涼感を醸成しているのだ。滝の形状にはいくつかの種類があり、人気なのは直瀑、崖からそのまま落下する豪快さは滝の代表的なイメージである。途中に段がある段瀑も変化に富んで見応えがある。
本日紹介するのは斜面を滑るように流れる滑瀑である。長大な滑瀑のため1枚の写真に収めることができない。さっそく御覧いただこう。
新見市大佐大井野と大佐上刑部の境に「御洞(おどう)の滝」がある。道沿いにあってアクセスは容易だ。しかも駐車スペースもあるというありがたさ。
その迫力を感じるには現地に立ってぐるりと見渡すのが一番だが、言葉で伝えるなら、どのように表現すればよいだろう。説明板では、次のように記されている。
新見癒やしの名勝遺産
御洞の滝
山脚をめぐれる大井野川は岩角に激して奔湍をなし、鞺々轟々白馬飛び奔龍躍って深潭に入る。此を御堂の瀧と言ふ。地幽邃寂といはんよりも、寧ろ山気凄然、水霊悚然として人を襲ひ長く居るに堪へざるの感あり。されど春は山桜谷を飾り、秋は楓葉満山を包みて錦繍を織り一大美観たり。殊に晩春初夏岩角の石楠花の満開の交に至らんか。そしてこれの景色を美観中の美観として去りがたいと阿哲郡誌は評しています。
一帯は大井野川と広葉樹林帯で構成されており、大井野川は岩角に激しく当たり激流をなし、滝となり、その音轟々と、まさに白馬が飛んでいるようです。数百メートルに及ぶ一帯は滝あり、せせらぎあり、岸辺に自生しているエノキ、ウリハダカエデなどの自然林が渓谷美を一層引き立てています。
中でも「断崖絶壁聳る数十丈」とあるように高さが概ね一○○メートルと推測される絶壁には厳冬時は十数メートルの氷柱が見事に垂れ下がる所でもあります。
悠久の自然界が生み出した神秘的とも思える様々な景観や生物、そこに存する歴史・文化・学術、我々がそこから得る無限の喜びを互いに共有し、未来へ引き継いでいく責務を自覚しなければならない。ここに本委員会は、標記の所を心身が癒やされる名勝に選定し、これを「新見癒やしの名勝遺産」として認定する。
二〇〇九年十一月二十六日
阿哲商工会地域遺產認定委員会
前半は格調高いが現代人にはやや難解な文章である。『阿哲郡誌』からの引用らしい。鞺々轟々(どうどうごうごう)白馬飛び奔龍(ほんりゅう)躍って深潭(しんたん)に入る。端的で最も的確な描写だ。まさに竜がうねりながら川を下っていく。滝という文字の意味がよく分かる。
道行くライダーが停止して滝を眺めている。私も岩場を上下しながらしばらく轟音に包まれていた。そして、『阿哲郡誌』の筆者と同じく「去りがたい」思いで、車に戻ったのである。
冬には見事に垂れ下がった氷柱が見られるというが、冬に弱い私には近付くことさえできぬ。夏に再訪するかといったら、あまりにも遠いから、それもしないだろう。私にとっては一期一会の滝なのだ。ただ、せっかくアクセスが容易で見応えもあることから、全国の滝ファンには強くお薦めしたい。