海賊といえば「ルフィ」だし「ジャック・スパロウ」ということになろうが、カリブ海には実際に「黒髭」という海賊がいた。髑髏と×にした2本の骨をデザインした海賊旗も本当にあったというから、アニメや映画の世界も絵空事ではない。
海に囲まれた我が国にも海賊がいたが、国民的に愛されるほどのヒーローはいない。島陰に基地を置くことのできる瀬戸内海は格好の活動場所であり、有名どころは村上海賊、いや、その娘だろうか。
玉野市向日比(むかいひび)一丁目と深井町の境に向日比城跡がある。フタコブラクダのような峰のそれぞれに削平地がある。
写真は主郭となる北峰から南峰を見ており、その向こうには大槌、小槌の島、そして五色台が見える。ここは本州四国間の海上距離が最短で、瀬戸大橋の構想ルートに選定された場所であり、通過する船舶を一望できる。この有利な地理的条件を海賊が見逃すはずがない。
その海賊とは誰か。旧版『岡山市史』は「児島近海の海賊」として備讃瀬戸の地名十一ヶ所とそこを拠点とした海賊衆を紹介している。このうち「備前日比」には、次のように記されている。
四宮隠岐守、同主計頭。南海治乱記云、備前児島は四宮隠岐守守之。又児島日比の戸に四宮隠岐守用意す云々
この四宮隠岐守の居城が向日比城であった。四宮氏は阿波の出で、児島が三好氏の勢力圏だった頃にやって来たらしい。主家のために実直に働く武将だったに違いない。おそらく本人は「海賊」と呼ばれることを快しとしないであろう。
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