ナポレオンの騎馬像もそうだが,馬の後ろ立ちはポーズになる。馬術でも障害を飛び越す瞬間の写真は迫力がある。まさに人馬一体である。
神戸市兵庫区荒田町1丁目の湊川公園に「大楠公像」がある。
写真は桜が咲く前に撮影したので今一つだが,今年も美しく咲き,そして散ったに違いない。この光景は大楠公・楠木正成にこそ相応しい。彼にとって最後の戦いとなる湊川の戦いは,この地の周辺で激戦が繰り広げられた。像のようなポーズも一瞬のうちにはあったかもしれない。像の建設は大楠公六百年祭を挙行した昭和10年で,国威発揚の気運が高まっていた時代だ。
この湊川公園の地は,旧湊川で明治34年までは川が流れていた。周囲よりも土地が高いのは天井川だったためだ。明治29年8月には大水害を起こしている。そうした洪水防止のため,会下山(えげやま)をくり抜いて現在の湊川の流路がつくられた。
神戸市兵庫区湊川町8丁目に湊川隧道の呑口がある。
この隧道は我が国最初の河川トンネルで,隣接して新湊川トンネルが貫通した現在では,貴重な近代化遺産である。呑口の扁額は旧隧道に掛けられていたもので,小松宮彰仁親王の揮毫である。
湊川の上に構える山,会下山(神戸市兵庫区会下山町3丁目)の頂上部に「大楠公湊川陣之遺蹟」の石碑が立つ。
こちらは元帥伯爵東郷平八郎の筆によるものである。陣地に相応しく,見晴らしのよい場所だ。碑には阪神・淡路大震災で破損し修復された跡も残る。会下山公園には,当時,仮設住宅が立ち並んでいたということだ。
大楠公と湊川,そして会下山。戦いと災害,そして現在の平和。有為転変の有様を地理,歴史ともに重層的に私たちに示してくれている。
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