中門の向こうに大仏殿が見える。手前の池は鏡池。絵になる風景である。いや下の写真では要らないものが写り込んで絵になっていない。同じような絵を検索すると、絵葉書のように美しい写真がある。中には鏡池の水面が鏡面のようになっている完璧なものまである。
奈良市雑司町の東大寺境内の鏡池に奈良県指定天然記念物の魚がいる。「東大寺鏡池棲息ワタカ」である。「頭は小さく眼は大きい。口は眼より前方にあり、やや上に向く。」というから、どんな魚や思うて水面を見れど、影さえ見えなかった。
この魚には次のような伝説がある。出典は『大和の伝説(増補版)』(大和史蹟研究会、昭和34年)である。
草を食う魚 天理市杣之内町(旧山辺郡丹波市町杣之内町)
杣之内の内山永久寺跡に本堂池というのがある。後醍醐天皇が南遷の時、ここでお馬がいなないて、追跡する敵に知られそうなので、天皇は御劔を抜いてその馬の首を斬り落し、御身を茅の中に隠された。
その時、落ちた馬の首は、この池に転び込み、三度水上をまわって沈んでいった。その後、それが小魚に化し、草を食うので馬魚(ばぎょ)とよばれる。今は杣之内の小字木堂(きどう)の、鈴木氏の泉水に住んでいる。
このコイ科の魚は、本堂池の池水の枯渇や濫獲による絶滅を危惧して、東大寺鏡池と石上神宮鏡池に移されたのだという。希少であることに加えて伝説をも有している珍しい魚だ。天皇をお守りした忠臣、忠馬だったのか。いや、意に反して殺され後醍醐党を恨んでいるのではあるまいか。
そう考えると、ワタカが気の毒に思えて愛おしく思えてきた。でも、それも人間の考えすぎで、見えなかったワタカはこの日もおいしく池底の草を食んでいたに違いない。
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