歌枕を旅するのは玄人の楽しみである。古典に造詣が深いのは勿論のこと、歴史的景観を復元する想像力を持ち合わせていなければならない。とりわけ近代化に伴う海岸の変化は著しい。なにせ日本に残る自然海岸は海岸総延長の50%ほどであり、大阪府では1%以下だという。
大阪府泉南郡岬町に「吹飯浦(ふけいのうら)」を詠んだ万葉歌碑が岬町文化協会によって建てられている。
歌碑には次のように刻まれている。
時津風吹飯乃濱爾出居乍贖命者妹之為社
「ときつかぜ ふけいのはまに いでいつつ あがふいのちは いもがためこそ」と読む。(万葉集巻12・悲別歌・3201)
意味は「良い風の吹くという吹飯の浜に出て供物を奉げ海路の無事を神に祈る。愛しい妻のために。」という感じか。
歌枕「吹飯」は吹くということで、風に関連付けられることが多い。そして吹飯(ふけい)=深日(ふけ)である。今の深日港には自然海岸はない。しかし、昔は風光明媚な名所だったという。写真右の説明板を読んでみよう。
吹飯浦
往時、この付近より西、現在の深日港あたりまでの海岸は「吹飯浦」と呼ばれ、萬葉時代から歌枕として有名な景勝地であった。
近年まで鶴も渡って来ていたといわれている。
時津風吹飯の浜に出で居つつあかう命は妹がためこそ(萬葉集)
あしへより汐みちくらし天つ風ふけいの浦に田鶴ぞ鳴なる(順徳天皇)
訪れたのは時津風も天津風も吹かない夏深き暑い一日だった。歌碑がなければ気にも留まらなかっただろう。愛しい妻の待つ彼の海路は無事だったのだろうか。私の鉄路はもちろん何事もなかった。
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