巨樹は気になるスポットだ。理屈ではなく、その大きさに圧倒される。その長命に感嘆する。さまざまな世の移り変わりに接してきたかと思うと、この世の大先輩として無条件に敬服する次第である。巨樹を求めて旅する人がいる。私は大きいがゆえに尊しとしない。あくまでも趣味の範疇だが、由緒あってこそ魅力があるのだ。
岡山県勝田郡奈義町高円の高貴山菩提寺に「菩提寺のイチョウ」がある。実をつけない雄株である。イチョウとして全国屈指の巨樹のようだ。気根も迫力がある。
菩提寺は法然上人ゆかりの寺院である。上人は長承二年(1133)に美作国久米南条郡稲岡庄(今の久米南町・誕生寺)に生まれた。永治元年(1141)に父の死をきっかけに仏道に志し、菩提寺へ入って上人の母の弟にあたる観覚(かんがく)上人のもとで修業した。久安三年(1147)までのことである。
法然上人とイチョウとのつながりについて、奈義町教育委員会設置の説明板に次のように記されている。
浄土宗の開祖、法然上人が学問成就を祈願してさした杖が芽吹いたといわれる。この天を覆う銀杏の巨樹は、国定公園那岐山の古刹、菩提寺の境内で歴史の重みをかさねながら静かに息をひそめつつ立っている。目通り周囲約12メートル、高さ約45メートル、樹齢推定900年といわれ県下一の巨木である。昭和3年、国の天然記念物に指定され、また全国名木百選にも選ばれている。
巨樹には杖や箸から芽吹いて生長したという伝説が多い。菩提寺のイチョウも上人の手にしていた杖から育ったとされている。その杖はどこのイチョウだったのか、出所が分かるというから面白い。
同じく奈義町小坂の「阿弥陀堂のイチョウ」の枝を杖にしたというのだ。こちらも実をつけないので雄株のようだ。
この伝説はさらに続く。上人は菩提寺での修行を終え比叡山に登る前に里帰りをした。その時、杖にしたのが菩提寺のイチョウの枝で、その杖から芽吹いたのが「誕生寺のイチョウ」だというわけだ。ただし、こちらはぎんなんの生る雌株である。
雄株だの雌株だというと白黒はっきりさせるようで面白くない。樹齢800年を超える3本のイチョウと法然上人が結びついていることが興味深い。平成23年(2011)に800年大遠忌を迎えた上人にふさわしい。さらに調べると、もう一つ見つかった。
上人は誕生寺から菩提寺に向かう途中で、出雲井の香炉寺(今の勝央町)に参詣して昼食をとった。その時使った箸を地面に立てたのが芽吹いて、「出雲井のイチョウ」となったという。このイチョウは樹齢が500年で、上人とは時代が合わないことには触れないでおこう。
追記 平成26年5月29日付の山陽新聞によると、菩提寺と阿弥陀堂の二つのイチョウは同じDNAであることが判明したそうだ。単なる伝説ではなかったのだ。
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