ほんの少しだけ演劇に関わったことがある。舞台に立つのは目立ちたい人か緊張しない人が向いていると思っていたが、そうではないことが分かった。普段はすごくおとなしい人が、舞台では別人のように役になりきるのだ。おそらく違う自分を楽しんでいるのだと思う。
神戸市北区山田町下谷上字砂川に「下谷上農村歌舞伎舞台」がある。昭和45年に国の重要有形民俗文化財に指定されている。
老朽化していた舞台の修理が昭和41年に完成した。これを記念して、10月20、23両日に播州歌舞伎が嵐獅山(あらししざん)一座よって上演された。この時の公演プログラムに、この舞台の特徴がうまく記述されているという。神戸市北区役所まちづくり推進課発行の改訂版『北区の歴史』からの引用である。
この公演のプログラムに寄せられた日本演劇学会・角田一郎氏(当時広島女子大学教授)の文章に、次の要領を得た記述がある。少し長くなるが引用すると
<下谷上の舞台は、天保十一年に建築された。これは全国に現在残っているおよそ千棟の農村舞台の中で、五本の指に数えられるほどに古い。その上、回転機構や二重台吊上げ機構など、いろいろの仕掛けが備わっていて規模の大きさとともに農村舞台の標準版といえる。特に花道の裏返し機構は全国唯一のもので、大自慢をしてもよい>
花道の裏返し機構は、花道の一部がどんでん返しのようにくるりと廻って反り橋が現れる仕掛けである。全国唯一ということに価値がある。
角田(つのだ)先生は農村舞台研究の第一人者で、昭和47年には、優れた演劇研究を表彰する河竹賞を受賞している。大先生のお墨付きを得ているのだから間違いない。地域の宝である。
写真では、草が生え静かな時が流れているように見えるが、舞台は今も活用されている。今年は「第23回全国地芝居サミットin神戸」の舞台となり、4月20日(日)に歌舞伎が上演されることになっている。
江戸文化の華である文化・文政から天保にかけて歌舞伎は大いに盛り上がりを見せた。文化は地方へと波及し、農村でも歌舞伎が楽しまれるようになる。その頃に作られたのが今回紹介した農村舞台である。今度の舞台の演目には「白浪五人男」もある。知らざあ言って聞かせやしょう、の名台詞が今から楽しみである。
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