本日12時50分、鬼怒川の左岸、常総市三坂町で堤防が決壊した。利根川から21キロ付近である。TVニュースでは、濁流に破壊されそうな家の住人をヘリで救助する様子が放映されていた。その後、家は流されてしまったという。救助要請を発しながらも、その後連絡が取れなくなった人もいる。
下妻市鎌庭と別府を結んで、鬼怒川に架けられているのが「大形橋」である。平成5年10月の竣工である。かつてこの地は大形村であった。写真には筑波山が見えている。
ニュースを聞いて、以前に自転車で鬼怒川を越えて旅をしたことを思い出した。写真の大形橋は県道56号にある。旅の途中で鬼怒川の流れは何度も見たのだが、写真に収めたのはこの一枚だけだ。利根川からは27.4キロの地点である。
橋の上から下流に向かって写している。平和を象徴するような風景だが、今はどうなっているのだろう。写真も人も色を失うことだろう。
このあたりは、平将門の史跡が多い。この日は、将門の本拠地跡や供養碑、資料館などを巡って、大形橋まで来ていた。途中、決壊地点のちょうど対岸に位置する史跡「平親王将門一族墳墓之地」にも立ち寄っている。
大形橋を渡ってからは、将門の館跡に寄って、今回浸水した豊田城に戻った。銘酒「紬美人」で知られる野村醸造にも立ち寄ったのだが、だいじょうぶだろうか。
鬼怒川の氾濫はこれまでにもあったが、茨城県での堤防の決壊は昭和13年以来だそうだ。その時は水海道地区だった。人柱を立てたとの伝説があるくらいだから、鬼怒川は昔から、その字面のままの暴れ川だったのだろう。
何よりも、9人という行方不明の方の無事を祈るのみである。
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