「千鳥」の話をするが、お笑いコンビではない。私も「千鳥足」なら体験的によく知っているが、そんな話でもない。千鳥の鳴き声が物悲しく聞こえる歌を、鑑賞しようというのである。
高砂市伊保東1丁目に「大江嘉言(おおえのよしとき)歌碑」がある。昭和59年に地元のライオンズクラブと青年会議所により建てられた。
大江嘉言は平安時代中期の歌人で、紫式部と同時代の人だ。歌は『拾遺和歌集』などの勅撰集に入選している。歌碑の歌を読んでみよう。
ふかき夜に 寝覚めてきけば 播磨潟(はりまがた) いほの湊に 千鳥なくなり
私は播磨の伊保湊に泊まっている。夜更けなのに目が覚めてしまった。千鳥の鳴き声が物悲しく聞こえることよ。
この歌は、鎌倉時代の私撰集『万代和歌集』巻第六冬部に収められ、室町時代になって史上最後の勅撰集『新続古今和歌集』巻第六冬部にも採られた。詞書もあるが、「いほの湊にて千鳥のなくをきゝて」という、歌と同じような内容である。
私は夜中に千鳥の鳴き声を聞いたことがないので、どれほど物悲しいのか実感がわかない。だが古来、題材としてはよく詠まれており、有名な歌に、百人一首78番がある。
淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜寝ざめぬ 須磨の関守
淡路島からやってくる千鳥の物悲しい鳴き声に、須磨の関守は幾夜目を覚ましたことでしょう。作者の源兼昌(みなもとのかねまさ)も同じような経験をしたのだろうか。
この歌は平安末期の勅撰集『金葉和歌集』巻第四冬歌に収められており、「関路千鳥といへる事をよめる」という詞書がある。
関所への道、そして千鳥、というお題が示され兼昌は考えた。関所か、どこがいいかな…。千鳥だから海辺がいいな。そういえば、須磨にはむかし、関所があったというではないか。それに光源氏も須磨で千鳥の歌を詠んでいる。
友千鳥 もろ声に鳴く あかつきは ひとり寝ざめの 床もたのもし
『源氏物語』須磨
あの時、光源氏は須磨で、ひとり寝の寂しさを、千鳥の声でまぎらわしていたのだ。むかしの関守も、夜更けに千鳥の声で目を覚まし、孤独をかみしめたことが何度あっただろうか。
兼昌は、古くから歌に詠まれた千鳥をモチーフとし、須磨の関守の思いに光源氏の気持ちを重ねて表現したのである。対岸の淡路島からやってくる千鳥、かつてあったという須磨関、空間的にも時間的にも広がりを感じさせる秀歌である。
いっぽう、大江嘉言の歌は光源氏とは関係ないが、「播磨潟」という歌枕と千鳥の声で旅情を表現している。明石から西に向かえば、左手の播磨灘がまぶしい。そんな昼にくらべ、伊保湊で明かす夜の寂しいことよ。
百人一首に採用されるほど技巧的ではないが、平安時代の旅人の切ない気持ちを知ることができる。今はすっかり住宅地になっているが、想像力を駆使して浜辺に鳴く千鳥を思い浮かべながら、古代浪漫に浸るのもよいだろう。
追記:1日の平均アクセス数が60を突破しました。これを励みに一層の精進をいたします。ありがとうございました。
こばやしさま
本記事をご覧いただきましたこと、誠にありがとうございます。
貴ホームページも歌の鑑賞にとても参考になります。
今後ともよろしくお願いいたします。
投稿情報: 玉山 | 2018/05/06 21:56
はじめまして。
私は和歌の歌枕を巡るホームページ、「すさまじきもの」の管理人です。
兵庫県の歌枕の伊保についてのページ作成に関し、貴殿の考察を参考にさせていただきましたこと、およびブログへのリンクを設定しましたことをご連絡申し上げます。
当該ホームページアドレス(伊保)
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こばやしてつ
投稿情報: こばやしてつ | 2018/05/06 17:24