「ダマシ」というと詐欺のようだが、犯罪の話ではない。貝の名前である。「キリガイ」という錐のような細長い巻貝があり、「キリガイダマシ」という似て非なる巻貝もある。貝に何らかの意図があったわけでなく、人間が勝手に騙されたと思っているのだ。
下の写真は、「カドノサワキリガイダマシ」の化石である。「カドノサワ」とは、「門ノ沢(かどのさわ)動物群」という化石分類から名付けられたのであろう。これは1600万年前の温暖な海に生息していた貝を中心とした化石群である。
貝殻に含まれる炭酸カルシウムの働きでコンクリート状に固まっている。これはノジュールと呼ばれ、この地域独特の景観をつくりだしている。
浜田市国分町に「石見畳ヶ浦(いわみたたみがうら)」があり、国の天然記念物に指定されている。写真は波食棚(はしょくほう)と呼ばれる地形である。遠くに「馬の背」という岩塊が見える。
ここのノジュールが列をなしているのは、当時の貝殻が波で掃き寄せられ束になったからである。その当時とは、今から1600万年前のことだ。急流の川から多量の土石流が海に達していた。その時、堆積したのがこの礫岩層だ。
見事な海食崖(かいしょくがい)である。向こうに見える小さな島を猫島という。やがて海水準が上昇し、カドノサワキリガイダマシが生息する砂底になったと考えられている。この貝化石より高い位置に礫岩層があるのは、貝化石の地層が断層を境に沈降したからである。
当時の気候は温暖化が進み、熱帯から亜熱帯だった。今、キリガイダマシが生息するのは台湾以南の浅い海の砂底である。日本海側までもが熱帯性の気候だったとは、温暖化もここに極まれりの感じがする。
そのような気候になったことは「中新世熱帯事件」と呼ばれている。これは中新世中期に日本が熱帯性の気候になった出来事をいう。「事件」というが、キリガイダマシによる詐欺ではなく、事件性はない。地史学においては特異な出来事を「event」というので、これを日本語訳したまでだ。
見どころの多い石見畳ヶ浦でも神秘的なのが、「賽の河原洞窟」である。これは海食洞(かいしょくどう)といい、長年の波の浸食により形成された。「さざれ石の巌となりて苔の生すまで」というが、さらに浸食されて大きな洞窟になるまでに、1600万年かかったということだ。
1600万年を経て、人間に少しヘンな名前を付けられたカドノサワキリガイダマシ。トロピカルな日本海を知りながら、冬の厳しさにも耐える貴重な貝化石である。敬意を表しつつ観察したいものである。
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