岡山といえば桃太郎だ。ふつうの昔話では、桃太郎が退治する鬼に名前がないが、岡山には「温羅(うら)」という名の鬼がいる。県のマスコット「ももっち」の相棒は「うらっち」であり、「おかやま桃太郎まつり」のメイン行事の一つに「うらじゃ」がある。
ならば、岡山で語られるのは、桃太郎が温羅を退治したストーリーなのか。さにあらず。本来、桃太郎と温羅は無関係で、別々の物語に登場する。本日は、昔話桃太郎よりスペクタクルな温羅伝説において、温羅が退治されたという場所の紹介である。
倉敷市矢部に「鯉喰(こいくい)神社」がある。南側の道路は旧山陽道である。
鯉は「鯉のあらい」や「鯉こく」にして食べる。このあたりの名物料理なのか。そうではない。説明板を読んでみよう。
吉備の国平定のため吉備津彦命(きびつひこのみこと)が来られた時、この地方の賊温羅(うら)が村人達を苦しめていた。戦さを行ったがなかなか勝負がつかない。その時天より声がし、命(みこと)がそれに従うと温羅はついに、矢尽き刃折て自分の血で染った川へ鯉となって逃がれた。すぐ命は鵜(う)となり、鯉に姿を変えた温羅をこの場所で捕食した。それを祭るため村人達はここへ鯉喰神社を建立した。
岡山県・倉敷市・鯉喰神社
吉備津彦命は孝霊天皇の皇子で、崇神天皇十年に吉備を平定するために派遣された将軍である。温羅は記紀には登場しないが、吉備津神社の伝承から生まれ、この地方ではお馴染みのキャラクターに成長している。この両者の戦いが温羅伝説で、面白い話が次から次へと展開するのだが、説明板では関係事項のみ簡潔に記されている。
鵜が鯉をひと呑みにすると、両者は元に姿に戻り、吉備津彦命は温羅の首をはねましたとさ。チャンチャン。ではなく、そこから先に物語が続くのがこの伝説の魅力だが、それはまたの機会としたい。
吉備津彦命が温羅を退治したことを、桃太郎の鬼退治に見立てて、桃太郎のモデルは吉備津彦命とする考えがある。桃から生まれた桃太郎も、281歳まで生きた吉備津彦命も、ふつうの人ではない。スーパーマンでありウルトラマンであり、勧善懲悪のヒーローなのだ。
昔話桃太郎は立身出世という夢を語り、温羅伝説は大和王権の吉備平定を伝えている。岡山では、これら二つの話が混然一体となり、さまざまな形で表現されている。今年8月6日(日)、市役所筋は、うらじゃの踊りで大いに盛り上がったようだ。
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