前回、「埼玉」は「さきたま」とも読む話をしたが、「さきたま」は「幸魂」とも書き、人に幸福を与える働きを意味しているそうだ。なんとありがたい地名であろうか。
今回は、サキタマヒメを祀る前玉(さきたま)神社で、「さきたま」が詠み込まれた万葉歌二首に出会ったのでレポートする。
行田市大字埼玉(さきたま)字宮前に鎮座する前玉神社に「万葉燈籠(石燈籠)」がある。市指定有形文化財(工芸品)である。
燈籠は元禄十年(1697)に氏子が奉納したもので、竿の部分に万葉歌が刻まれている。万葉集の歌碑としては全国でも最古級らしい。右側の燈籠の歌から鑑賞しよう。(巻十四・3380)
佐吉多万能 津爾乎流布禰乃 可是乎伊多美 都奈波多由登毛 許登奈多延曽禰
(さきたまの つにをるふねの かぜをいたみ つなはたゆとも ことなたえそね)
埼玉の津に舟が停泊していますが、風がひどくて、もやい綱が切れてしまうかもしれません。たとえそうなったとしても、言葉のやりとりだけは途絶えないようにしましょう。音信不通になることを、もやい綱が切れてしまうことに譬えている。ストレートで分かりやすい相聞歌である。
左側の燈籠の歌はどうだろうか。(巻九・1744)
前玉之 小埼乃沼爾 鴨曽翼霧 己尾爾 零置流霜乎 掃等爾有斯
(さきたまの をざきのぬまに かもぞはねきる おのがをに ふりをけるしもを はらふとにあらし)
埼玉の小埼の沼で、カモが羽ばたきしている。自分の尾に降りた霜を払っているらしい。冬の寒い朝の風景だろう。五七七五七七の旋頭歌で、万葉集の後は詠まれなくなった珍しい形式である。
「さきたま」に始まる歌が石燈籠に刻んで前玉神社に奉納されている。歴史ある土地に暮らすことを誇りとする愛郷心の発露だろう。幸魂の地に住まう人々に幸多からんことを祈るのみである。
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