その日、母と一緒に汽車に乗って津山に向かっていた。法界院駅を過ぎたあたりだったか、急に汽車がブレーキをかけて止まる。何かと思って前を見ると、おじいさんが猫車でスイカを運んでいたところ、踏切のデコボコでどうやら落としてしまったようだ。片付けが終わると汽車は進み始め、旅になんの支障もなかった。
汽車の急停止などめったにないことだから、妙に印象に残り、今も情景が浮かぶ。津山線にまつわる子どものの頃の思い出である。
津山市大谷の津山まなびの鉄道館で「津山線開業120年記念セレモニー」が開かれた。写真には「くまなく」と「たびにゃん」も写っている。
津山線の開業日は明治31年(1898)12月21日である。それからちょうど120年となる今月21日から記念入場券の発売が始まり、翌日のセレモニーでは作陽高校吹奏楽部の演奏、谷口市長や阿部外務副大臣の祝辞、特製ヘッドマークの披露などがあった。
明治30年代、鉄道事業は著しい発展を遂げていた。津山線は私鉄(中国鉄道本線)として岡山市駅(現在の岡山気動車区)と津山駅(現在の津山口駅)を結んで開業した。国鉄岡山駅に乗り入れたのが明治37年(1904)、現在の津山駅が開業したのは大正12年(1923)であった。
昭和11年(1936)当時の津山口駅時刻表を見よう。
備考に◎印ハ「レールカー」とあるが、これは気動車のこと。今も気動車だが、当時はガソリンカー、今はディーゼルカーである。岡山駅の始発は5:03で現在(6:04)よりも1時間早い。
これは津山駅発行の硬券式小児用乗車券。当時の大人運賃は290円だった。現在は1140円もする。右のほうにある小さな穴は、綴るために開けられているらしい。鋏痕は乗車した津山駅のM字型で、降車した岡山駅の無効印の下に車内改札の鋏痕「に」のエンボスがある。
今年の夏の豪雨災害で津山線はしばらく運休した。レールにだんだんと錆が広がっていく様子は見るも悲しく、地方鉄道の将来を憂うのに十分であったが、多くの方の熱意により1か月で見事に復旧した。
レールが陽光を反射して銀色に輝き、汽車は心地よいリズムを刻みながら走り去る。懐かしい色合いのノスタルジー車両が時々運行されている。古き良き日本の風景を、津山線で見ることができるのだ。
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