映画『タイタニック』で、ジャックにいざなわれたローズが舳先で、夕日に染まる大海原を前に両手を広げ、I'm flying.と言う印象的なシーンがある。夢のように耽美な映像だが、数時間後のタイタニックの運命を重ねると、哀切極まりなく感じる。あの時、ローズが表現していたのは何か?
むかし陸上部で走っていたころ、シューズはアシックスだった。ナイキよりもアディダスよりも断然カッコいいと思っていた。そもそもNIKEがナイキと読めずに、ニケと呼んでいた。実はそれもある意味正しいと知ったのは、大人になってからである。
高梁市成羽町下原の成羽文化センター前に「サモトラケのニケ」がある。ニケはギリシア神話に登場する勝利の女神である。英語ではナイキと発音する。
迫力があり、しかも美しいブロンズ像である。説明が台座の石に刻まれている。読んでみよう。
サモトラケのニケ ルーヴル美術館蔵 紀元前三〇〇年のころの製作 一八六三年 サモトラケ島で発見された
両翼をひろげて舳の上に立つ勝利の女神 ギリシャ彫刻の傑作である
一九六七年十一月建之
複製並設計者 東京 赤木喜三郎 岡山 宮本隆
寄贈者 社団法人 坂本厚生会
そう、ローズは「両翼をひろげて舳の上に立つ」ポーズをしていたのだ。勝利の女神ニケをモチーフとした本歌取り、アメリカならリスペクト、フランスならオマージュというわけだ。この技法を採ることで、シーンに深みが生まれてくる。初めて見ても感動するが、知って見るとヴィンテージ感がいっそう増す気がする。
ホンモノはルーブル美術館にあって見に行けそうにないが、成羽のニケもヒケをとらないくらい美しい。大理石製のルーブルに負けていない。複製したのは、石膏型取りの得意な赤木喜三郎と隣の備中町出身の彫刻家宮本隆である。
複製像が設置されたのは昭和42年。平成を越えて令和となった今、輝きを失うどころか価値がいっそう高まっている。時代を越えた美がそこにはある。成羽の人々の美的センスと先見の明に心から感謝したい。
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