鳥取市佐治町、かつての八頭郡佐治村は東西に長い谷に沿って集落がある。とてつもなく奥深い谷なので「佐治谷七里」と呼ばれる。地域を結ぶのは国道482号。京都府宮津市から鳥取県米子市を結ぶ長大な国道で、岡山と鳥取の県境を4度も通過するという強者である。
県境にある辰巳峠を越えて私は佐治谷に下りようとしていた。季節は夏。アスファルトに焼けつくような蝉の声よりも、せせらぎを聞きながら涼をとろうと山王渓谷に立ち寄った。
鳥取市佐治町中に「山王滝」がある。高さ15mの三段滝で深そうな滝壺がある。「山王滝水域」として「因伯の名水」にも選定されている。
それほど落差はないが水量は多く、せせらぎというよりも轟音を立てて水は流れる。古くから知られていたらしく、江戸中期成立という『因幡誌』第六「智頭郡」佐治ノ郷「中村」の項では、次のように説明されている。
山王ノ瀧
村より北へ五六町奥にあり名瀧なり水源三国山に発して木ノフノ谷を流れ来る是佐治谷の水上也山王社の下に淵二ツあり上の淵は方三十間許り深は知るべからず下の淵を女淵と云
岩肌の濃い緑、滝壺の深い青、絶え間ない水流と轟音。昔も今も変わらぬ名滝である。来た道を引き返し、キャンプ場から別の谷に延びる冒険コースを進んでみよう。
冒険コース最初の見どころ、「トロッコ軌道トンネル」がある。
キャンプ場前の「山王渓谷ハイキングマップ」によれば、トンネルの次には丸太橋、トロッコ軌道跡、トロッコ橋跡と見どころは続く。しかし、丸太橋は青く苔むし、水面からの高さもかなりある。どのようにして渡ろうかと考えているうちに、冒険心よりも恐怖が勝り、ついに渡ることができなかった。トロッコ軌道については、同マップに次のように記されている。
トロッコ軌道は昭和9年に全長9㎞に及び開設され、木材の運搬に利用されていた。昭和43年に運転休止となった後、台風の被害に遭い、現在の状態となった。
コンクリートなどの人工物は草木に埋もれ、あるいは増水した川の激流に毀され、すべてが自然に還ろうとしている。トンネルは人工物に他ならないが、これでさえ自然が造った洞門のようにも見える。夏草や山びとどもが夢の跡。自然と人工の区別がつかなければ、史実と幻想の境界もあいまいに感じる。夢のまた夢に遊ぶプチ冒険であった。
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