原野で遺骸のない棺を焼いて,その灰を埋納して塚を築く。葬送儀礼は各地で特色があるが,中でも東北の雄,伊達家の儀礼は独特だった。
仙台市青葉区新坂町の増上山大願寺に「伊達政宗灰塚」がある。
土塁と周壕があって古代の古墳のようだ。政宗は寛永13年(1636)5月24日に江戸で死去した。遺骸はすぐに仙台に運ばれ6月4日に現在の瑞鳳殿の場所に埋葬された。その後,連日法要が続き同月24日に葬礼が行われ,その場所が灰塚として整備されたのである。
同様の灰塚は,同じ地区の通宝山永昌寺にもある。「保春院殿灰塚」である。
保春院は政宗の生母で,元和9年(1623)7月17日に亡くなった。法号は保春院殿華窓久栄尼大姉という。
この独特の葬送儀礼は,2代忠宗,3代綱宗の死去に際しても行われたが,5代吉村の代に至って,戦国の遺風であり無益であると廃止されたということだ。忠宗,綱宗の灰塚は現存していない。市街化が進み原野が確保しにくくなったのだろうか,それとも財政再建で知られる藩主吉村の指示によるものだろうか。
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