石の矢じりや土をこねて作った食器、あるいは木の板に産地や数量を記した荷札、さらには石棺に納められている鏡などの副葬品…。これらは後世の人々に見てもらおうとして埋めたわけではない。それが考古学の発掘品だ。逆に見てもらおうとして埋めたもの、ねつ造の発掘品ではなく記録として埋めたもの、それがタイムカプセルだ。
結城市大字結城の結城城跡に「結城合戦タイムカプセル埋設記念之碑」がある。
結城合戦とは何か。まずは「結城城跡」の説明板(結城市教育委員会設置)を読んでみよう。
結城の名を不朽にしたのは永享十二年(一四四〇年)の結城合戦である。関東公方足利持氏が将軍義教と争って滅ぶと結城家十一代氏朝(一四〇二~一四四一)は、持氏の遺児春王丸と安王丸を奉じて兵を挙げた。
幕府は諸将に氏朝らの討伐を命じたが、結城落城まで一年余の歳月を費し、結城の名を天下に轟かす結果となったのである。
つまり、幕府の大軍に包囲されるも長期間耐えた有数の籠城戦であり、結城の全国デビューとなる記念碑的合戦であった。
結城合戦のタイムカプセルとはいえ当時の遺物が埋納されているはずもない。聞くところによると、合戦終結600年後の2041年に60年前の埋納品を披露するらしい。イベントの記念碑ではあるが、合戦を伝える貴重なモニュメントである。
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