検察審査会制度というのがある。裁判員制度とはちがう。裁判に至るには検察官による起訴という過程が必要だが、時として証拠不十分として不起訴となることがある。その場合、被害者は納得できないとして検察審査会に申立てすることができるというわけだ。
審査を行う検察審査員はくじで選ばれた11人の国民である。国民目線で司法権をチェックするというわけだ。この検察審査会のPRポスターに「十一面観音像」が使用されることが多い。「十一面観音立像 十一人の検察審査員」というキャッチフレーズとともに。
今、奈良市大安寺二丁目の大安寺で「本尊十一面観音特別開扉」が行われている。毎年10月1日から11月30日に公開されている。写真は昨年のものだ。観音像は天平時代の優品で国指定重要文化財である。
写真の南門の位置は「大安寺南大門跡」である。南門もこれで十分立派な門だが、南大門とはどのようなものだったのか。説明板を読んでみよう。
かつてここに、平城京大安寺の南大門がそびえ建っていました。発掘調査によって、「基壇」と呼ばれる土壇と、柱の基礎になる「礎石」を据え付けた跡が発見されたのです。
古建築では、柱と柱のあいだの数を「間(けん)」という言葉で数えます。この門は、正面が5間(柱が6本で、あいだが5つ)、奥行きが2間(柱が3本で、あいだが2つ)です。1間の長さは、奈良時代の物差し(天平尺)で17尺(約5m)あります。全体では、正面85尺(約25m)、奥行き34尺(訳10m)で、平城宮の正門「朱雀門(すざくもん)」と同じです。基壇の前後には、中央3間分の幅で階段がついていました。
ここでは、基壇を復元整備して、上面に柱の位置を表示しています。基壇の上には、朱雀門のような堂々とした重層の門が建っていたと思われます。往時の威容を想像してみてください。
歴史景観の復元には豊かな想像力が必要だ。とはいえ、非力なのでなかなか思い浮かばない。そこで、使えるものはしっかり使うということで、下の写真を用意した。
近鉄線の向こうにそびえる朱雀門。確かにこれは大きい。この門に見合う寺域は、現状よりもさらにさらに大きなものを想像せねばならない。ここでも復元図に頼ることとしよう。
前々回、杉山古墳と大安寺瓦窯跡についてレポートしたが、この図を見ると両者の関係にうなずける。現在の地図に重ね合わせると、大安寺が巨刹であったこともよく分かる。なにしろ大安寺は普通の寺ではない。大官大寺の法統を継ぐ最高レベルの格式を有する大寺院であった。
法統をさらに遡ると、推古天皇25年(617)に聖徳太子の発願による熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)にたどり着く。その関係からか、大安寺の東には「推古天皇社」が鎮座している。
推古天皇社の隣には大日如来が祀られ、「弘法大師腰かけ石」がある。ここは真言宗を開いた空海ゆかりの地でもある。ちなみに現在の大安寺の宗旨は高野山真言宗である。
大安寺の境内には「大安寺歴代住侶供養碑」が建てられている。そこには歴史上よく知られた名僧の名が刻まれている。大仏開眼の大導師を務めたインド僧・菩提僊那、鑑真和上を招請した『天平の甍』の普照、真言宗の開祖・空海などである。
本日、特記したいのは大安寺名物の「笹酒」である。よく禅寺には「不許葷酒入山門」と刻まれた碑があるのを見かけるので、寺院は飲酒に対して厳しいイメージがあった。
しかし、ここ大安寺では、1月23日の「光仁会」、6月23日の「竹供養」で笹酒が振舞われるという。善哉善哉。仏恩は広大にして無辺であることよ。
さて、この笹酒、箱には「長寿さゝ酒」と書かれている。これは光仁天皇にゆかりのある酒であった。前々回の記事で、桓武天皇が文武百官を伴い光仁天皇の一周忌を大安寺で営んだ、という『続日本紀』の記事を紹介している。天皇は62歳から73歳まで在位された。この長寿にあやかろうというのが笹酒である。
光仁天皇と大安寺、そして酒を結ぶには、これだけでは足りない。『続日本紀』巻三十一「光仁天皇即位前記」に次のような記事がある。
天皇、寛仁敦厚(かんじんとんこう)にして、意、豁然(かつぜん)たり。勝宝より以来、皇極弐(つぎ)なく、人彼此(かれこれ)を疑ふ。罪し廃せらるる者多し。天皇、深く横禍(おうか)を顧みて、時に或いは酒を縦(ほしいまま)にして迹(あと)を晦(くら)ます。故を以て害を免るること数(しばしば)なり。
天皇は白壁王時代に酒に浸って権力欲のないことをアピールし、奈良朝の政争をくぐり抜けたのである。まことに生きる力を具えられた方であった。白壁王は大安寺で伐った竹に酒を注いでお召しになった、と寺では伝えている。
さて、本尊の十一面観音は、私たちの苦楽をご覧になり、ともに喜び、ともに涙してくださるという。なんと慈悲深い仏様であることか。酒も喜びをもたらしてくれるものだが、気が大きくなって仏様のことはそっちのけだ。これからは「いただく」という感謝の気持ちを忘れないようにしたい。観音様は見てござる。
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