責めを一身に負ってだとか、大義に殉じてだとか、美しく死んでゆく話は多い。死を無駄にせず冥福を祈るためにも語り継ぐ必要があるだろう。しかし、極限の状況の中で命を惜しみ生き永らえた者も立派とせねばなるまい。その後の人生を卑怯者という評価と共に生きたであろう。それでも、死と生ではどちらに価値があるかは明らかである。
荒木村重は、生きて生きて生き延びた武将だ。ただし、家族や家臣、領民を城に残したまま逃げた。遭難した船に旅客を残したまま脱出した船長のようで確かに評判はよくない。本日は逃亡先の話である。
尾道市久保三丁目に「筒湯地蔵尊」がある。
荒木村重が自らの主君織田信長に反旗を翻したのは毛利方に通じてのことだった。天正六年(1578)7月のことである。その後しばらく持ちこたえていたが、城主村重は天正七年(1579)9月に城を脱出、尼崎城へ移る。それから花隈城に入り、天正八年(1580)7月まで抵抗を続けたのである。要は村重は2年間も頑張った、単に逃げ隠れしたわけではないということだ。
花隈城が陥落してからは毛利氏の庇護下に置かれたが、その居所が備後尾道であった。尾道は映画の舞台となった素敵な町で見所は多いのだが、荒木村重の痕跡を見つけるのは、けっこう難しい。
そのようなレアな史跡が「筒湯地蔵尊」である。説明板を読んでみよう。
筒湯という地名は、水之庵に、一時身を寄せていた伊丹城主荒木村重侯の立てられた茶の湯、井筒の茶の湯を約(つづ)めた筒湯に由来するといわれます。水之庵は、西郷寺末寺にて、現在の市立図書館の辺りに建っておりました。みどりの井筒という良い水の湧く井戸のあったのが、その名の元となっております。
筒湯地蔵尊から国道2号をはさんで北の山の手に市立図書館がある。村重は、天正十年(1582)の本能寺の変の後に秀吉のもとで茶人として中央に復帰するのだが、尾道のこの地ですでに己の生き方を決めていたのだろう。
荒木村重が戻った堺は、現在「堺市平和と人権を尊重するまちづくり条例」を制定(平成18年)している。その前文には次の一節がある。
茶の湯を通じて世界に誇る平和を尊ぶ文化を創造し、過去幾度もの戦禍に遭いながらも復興を成し遂げてきた。
幾度もの戦禍に遭いながらも生き抜いた荒木村重。茶を立てる村重の胸に去来したものは何だったのか。戦乱でも平和でもなく、生の有難さだったのではないだろうか。
ひろこさま
おっしゃるとおりで、重んじられるべきは、まさに命です。死ぬことは決して美談ではないと思います。今回もご覧いただきありがとうございます。
投稿情報: 玉山 | 2019/06/17 21:14
久しぶりにネット拝見。昨年、広島での同窓会の帰り、尾道で1泊。旅館の温かいおもてなしとお料理に感激。村重の屋敷跡から西郷寺住職様のお話を拝聴。心温まる2日間でした。村重が相変わらず卑怯者と言われている現実は悲しいこと。一族郎党を殺した信長の狂気。信長はサイコパスの代表的な人物です。殺人事件が頻発している現今、命を重んじた村重の再考を願います。
投稿情報: ひろこ | 2019/04/14 23:02
ひろこさま
ご覧いただき、ありがとうございます。
おっしゃるように、村重は命を大切にする武将だったと思います。生きることには人間最大の価値があります。村重のことを大切に語り継いでいる尾道の方々に感謝いたします。
投稿情報: 玉山 | 2018/05/19 06:43
荒木村重は決して卑怯な人ではありません。私は、先日、尾道へ行きました。景色が良く、その上、尾道で接した西郷寺の住職様・タクシーのドライバーさん・旅館の奥様・食事処の皆様等すべての人々が温かく、
このような所で過ごした村重は幸せだったと思いました。人生の悲哀の
中を生きた村重に温かい目を注いて
いただきたいと思います。
投稿情報: ひろこ | 2018/05/18 21:54
村重について、韓国の船長を引き合いに出す必要はないと思います。
村重は人命を尊重する武将だったことが、信長に反旗を翻した一因とも
考えられます。尾道では、豪商の方々とも交流があり、本能寺の変の
後、秀吉の御伽衆として出仕しています。勝者の歴史の見直しが行われている現在。村重の評価も変わることでしょう。
投稿情報: ひろこ | 2018/05/17 23:34
Canadianさま
ご覧いただき、ありがとうございます。尾道で荒木村重は、どのような思いで過ごしていたのでしょうか。私も興味があります。自らの生き方が問われているような気がします。
投稿情報: 玉山 | 2017/02/08 20:09
遠藤周作の反逆を読んで、今日、美星町の小笹丸城を公共交通機関で目指しました。が、出発が遅れ、美星町での滞在時間が1時間ほどしかなくなることがわかったので今回は断念し、尾道の地蔵尊に参りました。小説では、小笹丸城は単に村重の架空の家臣の出自という設定ですけど・・・。
ここで過ごした村重の心中に思いを馳せたいと思います。
投稿情報: Canadian | 2017/02/08 19:36