馬頭星雲という、よく出来た星雲がある。ばら星雲も秀逸だ。偶然とはいえ、見れば見るほどそう見えてくる。おそらく人は、初めて見るものを、知っている形に当てはめて理解しようとするのだろう。
龍は誰も見たことはないはずだが、こんな姿形をしていると誰もが知っている。絵に描かれてきたからだ。私はこのたび絵ではなく、初めて龍の実写に成功したのでレポートする。
大田市温泉津町温泉津の「龍御前(たつのごぜん)神社」の上に龍がいる。私はいつ動き出すのかと思い観察を続けたが、動くことはついになかった。
ここは島根県だから、ヤマタノオロチの生き残りが棲息しているのだろうか。手がかりを求めて説明板を読んだ。
当社は今を去る四百余年前、後奈良天皇の御宇、天文元年に勧請されたと伝えられ、御神体の八陵の御神鏡は大己貴命、少彦名命、豊玉姫命、健磐龍命、を主祭神とし阿蘇津彦命、阿蘇津姫命、彦火火出見命、素盞鳴命の八神を表わし、これらの御祭神は海上安全、漁業・温泉医療の守護神としてこの温泉津の地に最もゆかりの深い神々を奉斎鎮座し、数百年来崇敬の誠を捧げてきた御社であります。
社殿の背後には、山勢自から巨龍の蟠るに以たる磐窟ありてその腮に当る部に建立しあるのは旧の御本殿であります。
此処に上ると温泉市街を俯瞰し又、温泉津港の一部を望見することが出来ます。
温泉津町観光協会
「山勢自から巨龍の蟠るに以たる磐窟あり」とある。姿が大きな龍に似た岩があるのだという。ああ、なんだ。岩だったのか。龍のアゴの下にあるのが、かつての本殿だという。せっかくだから、そこまで行ってみよう。
すると、どうだ。ただの岩ではなかった。咆哮(ほうこう)する、ほえたける岩だった。この大迫力、これを自然の造形というのか、龍神が宿っているに違いない。
御祭神のお一人に健磐龍命(たけいわたつのみこと)がいらっしゃる。このお方は、このたびの熊本地震で倒壊した阿蘇神社の御祭神である。九州の神様が祀られているのは、交易によって文化の交流があったのか、それとも御名に「磐(いわ)」と「龍(たつ)」の字があるからだろうか。
巨岩を崇拝するのは古代からよくあることだが、龍御前神社の勧請は天文元年(1532)と比較的新しい。勧請したのは、享禄元年(1528)に石見銀山を支配下に置いた大内義隆だろうか。もしそうなら、阿蘇神社と同じ健磐龍命を祀ったのは、北九州平定を願ってのことだったかもしれない。
大内氏の夢は下剋上の荒波の中についえていくが、石見銀山は毛利、豊臣、徳川の財政を支えることとなる。銀山を背後とする温泉津は物流拠点として栄え、その繁栄は今に残る町並みから偲ぶことができる。栄枯盛衰すべて、この龍が見てきたことである。
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