山椒魚といえば井伏鱒二だ。「コロップの栓」のようにつかえて出れないサンショウウオの話である。この話が荒唐無稽に思えないのは、狭い世間で小さなバトルを繰り返している私たちに向けた寓話だからだろう。
サンショウウオには気の毒だが、あのごつごつとした姿は化け物にも見立てられた。半分に裂かれても生きているという生命力の強さから「はんざき」ということになっているが、実際には口が裂けるかのように大きく開くからだという。
真庭市豊栄に「鯢(はんざき)大明神」が鎮座している。
鳥居は新しいが、奥に見える祠の由緒は、安土桃山時代にさかのぼる。説明板は元禄四年(1691)成立の『作陽誌』の記述をもとに、分かりやすく語っている。
昔はこの祠の前の旭川に龍頭の淵という深い淵があった。この淵に大きなはんざきがいて、その近くに牛馬や人が行くと尾をもって掻き込み呑んでしまうので村人は恐れて近づかなかったという。
文禄の初年この大はんざきを退治しようと向湯原村の若者三井彦四郎は腰に紐を結び短刀を口に龍頭の淵に飛び込みこの大はんざきを討ち取った。
引き上げた大はんざきの大きいのに村人は恐れ驚いた。体長三丈六尺(十メートル余)胴周り一丈八尺(五メートル余)あったという。
このことがあってから、毎夜彦四郎の家の戸を叩き泣き叫ぶものがあるので出て見ても誰もおらず、村人達は恐れて日暮れになると戸を締めて外へは出なくなったという。間もなく彦四郎一家は死に絶え村内にも祟りがおよぶようになったので村人は国司神社の境内に祠を建てはんざきの霊を祀ったのが鯢大明神と伝えられる。
彦四郎は命がけで怪物を退治し、村を守ったにもかかわらず、一家もろとも呪い殺されてしまった。これは悲劇であり怪談である。はんざきの霊は大明神として祀られる必要があったのだ。
岩国の天然記念物・白蛇には「岩国白蛇神社」がある。平成24年の創建である。オオサンショウウオは特別天然記念物だから、「鯢大明神」は白蛇と同様に最近祀られたのかと思ったら、こちらの歴史は古い。だから、市の文化財(歴史資料)に指定されている。
面白いことに、はんざきを捕まえたのは「三井彦四郎」ではなくて「八五郎」だという言い伝えもある。島田秀三郎『心のふるさと・美作伝説考』(昭和53年)の記述はこうだ。
はんざき大明神
真庭郡湯原町にある小祠である。このあたりの漁師八五郎という者が旭川で山椒魚の主を獲った。その祟りで八五郎は発狂して死んだので、里人は怖れて小祠を建てたという。
また『昭和十三年合同年鑑別冊附録 郷土名物と伝説』には、八五郎がはんざきに丸呑みされたが、短刀で腹を切り裂いて生還したという話が掲載されている。結末が悲劇なのも同様で、八五郎は大熱を出して死んでしまう。
彦四郎か八五郎か、どちらでもいい。伝説が語るのは、オオサンショウウオに対する畏れである。どんくさそうに見えながら、噛む力が尋常でない不可思議なこの生き物は、人を惹きつける力もハンパない。オカルト、日本文学から動物番組まで、出演のオファーはひっきりないようだ。
令和2年1月16日追記
一昨年の秋、伝説の「はんざき」が偶然にも写真に収まったので掲載しておく。
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