価(あたひ)なき 宝といふとも 一杯(ひとつき)の 濁れる酒に 豈(あに)まさめやも 345
値がつかないくらいの宝であっても、一杯の酒にまさるものはないぞ!歴史上、無類の酒好きはいくらでもいるはずだが、その気持ちが記録に残ることは少ない。幸いなことに大伴旅人は歌が得意だったので、彼がいかに酒を愛していたかを知ることができる。
なかなかに 人とあらずは 酒壺に なりてしがも 酒に染みなむ 343
けっこう世の中たいへんだ。もう人間なんてやめて酒壺になってしまおう。どんだけ酒好きなんや。脱帽である。そんな旅人にリスペクトの意を表して、「酒都」西条を紹介しよう。
東広島市西条本町の賀茂鶴酒造の周辺が「西条の酒造施設群」として「日本の20世紀遺産20選」に選定されたことが、今月8日に発表された。
駅から歩いて回れる距離に酒蔵がいくつもあって、蔵巡りにちょうどよい。試飲を度々していると酔ってきて、酔った勢いで酒を購入し、帰りの電車では寝てしまう。兵庫の灘、京都の伏見と並ぶ「日本三大銘醸地」として、日本イコモス国内委員会が価値を認める広島の西条。国の研究機関「酒類総合研究所」も西条と同じ東広島市にある。西条が「醸華町」と洒落るのにも理由がある。
第一次世界大戦は日本に空前の好景気をもたらしたが、酒造業界も例外ではない。大正四年(1915)頃の西条地区の酒蔵を列挙してみよう。広島県賀茂郡商工会聯合会『広島県賀茂郡商工案内.大正4年』より
主なる酒銘
賀茂鶴、菱百正宗 藝陽男山、白牡丹 藝陽龜齢 白不二 西條川、山陽鶴 西條鶴 新正宗 日の出大正 鶴壽正宗 八刀正宗 高砂 初日の出
主なる販路
県内、山口、岡山、香川、大阪、東京、台湾、北海道、朝鮮、満州
このうち、現在でもよく知られているのは「賀茂鶴」「白牡丹」「亀齢」「山陽鶴」「西條鶴」である。また、鶴壽正宗は「賀茂泉」に引き継がれているらしい。「福美人」も有名だが、こちらは大戦景気に沸く大正六年(1917)の創業なので載っていない。
西條鶴と白牡丹の煉瓦造煙突である。赤レンガの煙突は白壁の酒蔵とともに、酒都西条の象徴として親しまれている。
東広島市西条西本町に「賀茂輝酒造」があった。
上記の銘柄一覧では「高砂」を引き継いだ会社だったようだが、平成26年に廃業した。現在はマンションが建ち、面影はまったくない。吟醸酒をかけて(かけすぎてづくづくの)シフォンケーキをいただき、酒袋で作ったランチョンマットを買った旅は、かけがえのない思い出となってしまった。
残る酒蔵もあれば、消えゆく酒蔵もある。わかよたれそつねならむ。酒の味だけは変わらないのだろうか。おそらくは人の好みや技術の進歩で味も変わったのではないか。大正時代の輸出先は日本影響下の東アジアだったが、今やアメリカやフランスでの市場が右肩上がりで拡大しているそうだ。
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