「天下の名瀑」とは我が国を代表する滝を指す表現だ。読者諸兄姉はどの滝を思い起こすだろうか。華厳の滝か白糸の滝か、それとも神庭の滝か。本日は、落差こそ32mで大したことはないが、メジャーデビューから1300年という名瀑を紹介する。
岐阜県養老郡養老町養老公園に「養老の滝」がある。この滝は「日本の滝百選」であり、「菊水泉」とともに「名水百選」でもある。滝壺に土砂がたまって工事中のようだ。おつかれさまです。
ここ養老の地は1300年前、元正女帝が行幸された聖蹟だ。名水で手や顔を洗った女帝は「之を飲み浴する者は、或は白髪黒に反り、或は頽髪(たいはつ)更に生ひ、或は闇(おぼつかな)き目明らかなるが如し。」とその効能をアピールしている。
名水に癒しを求めたのは女帝だけではない。天平十二年(740)11月26日、同じ場所に聖武天皇が行幸あそばした。
同じ養老公園に「聖武天皇巡幸遺跡」がある。町の史跡に指定されている。
聖武天皇はこの年から「彷徨五年」という関東行幸を始め、伯母の元正天皇ゆかりの地に立ち寄った。『続日本紀』の記述を確認しよう。
己酉。美濃の国当伎(たぎ)の郡に到り玉ふ。
たったのこれだけだ。それよりも『万葉集』巻第六(雑歌1034)の歌に注目したい。随行した大伴東人が詠んだ。当時すでに名水伝説が定着していたことが分かる。
美濃国多芸(たぎ)の行宮にて大伴宿禰東人(あづまひと)作れる歌一首
いにしへゆ 人の言ひ来る 老人(おいびと)の 変若(をつ)とふ水ぞ 名に負ふ瀧(たぎ)の瀬
多芸(たぎ)という地名にもなっている滝の水は、古くからの言い伝えのとおり、老人も若返るという霊水なのだ。しおれた植物に水をやればシャキッとしてくる。水は生命の根源という見方は、時を経ても変わることがない。
時代は下って、鎌倉中期の説話集『十訓抄』は、ある男が酒の流れ出るのを見つけ、酒好きの父を喜ばせたという孝子伝説を紹介している。流れていたのは名水か名酒か。若返るのか酔っぱらうのか。その場所は養老の滝か菊水泉か。
菊水泉から養老の滝までは、さらにひと登りしなければならない。すると、便利な乗り物を発見!。
同じ養老公園内に、かつて便利だった「養老観光リフト(養老ロープウェー)」の跡地がある。
平成27年に運行を休止した。往復で700円だったらしい。リフトが活躍した昭和も平成も終わってしまう。人間がこしらえた施設は壊れゆくが、天下の名瀑「養老の滝」は、その伝説と名水で人々の心を惹きつけてやまないだろう。
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