いま我が国最大の難工事と予想されているのが、リニア中央新幹線の南アルプストンネルである。延長約25km、地表からの深さは最大約1400mという想像を超える規模だ。しかも、工事中の大量出水により大井川の水量が確保できなくなるのでは、と強い懸念が示され、2027年開業が危ぶまれている。
この問題の解決には科学的な調査と話し合いが不可欠だが、むかしむかしには人柱を立てて工事を進めたという。このブログでも庄原市の国兼池、高松市の平池などで、ため池の人柱伝説を紹介した。本日は干拓工事における悲話を紹介しよう。
三原市宮沖の甚五郎神社に「甚五郎松」がある。
このあたりは宮沖新開という干拓地で、三原浅野家第4代浅野忠義によって成し遂げられた。だが、その陰には人柱という犠牲があったと伝えられている。国兼池や平池の人柱は若い女性だったが、ここでは甚五郎という男性だ。説明板を読んでみよう。
甚五郎松 三原市史
元禄十三年(1700)に完成した宮沖新開の干拓は「その田を獲ること百二十二町七段三畝三歩」といわれるほどの大工事であった。
新開埋め立ては、初めのうちは順調に進んでいたが、最後になって海ぎわの潮止めにとりかかったとき、いくら砂俵や石を投げ入れても、すぐにくずれてしまい、工事は難渋をきわめた。
そこで、人々は、工事を完成させるには、人柱が必要だと解くようになった。これは城中の人々のロにものぼり、ある日相談の末、翌日の潮止めの工事に集まる役儀の者のうちで、袴に横つぎのあたっている者を人柱にするという取り決めが出された 。翌日奉行は工事に集まってきた人達の服装を、子細に調べあげた。
そして甚五郎と言う男の袴に、横つぎがあたっているのを見つけ、これを人柱に立てることを宣言した。
甚五郎は工事人夫のうちの一組を差配する実直な人であった。
この言い渡しを聞いて、一瞬□然とした。しかしいまさらどうにもならない立場であるとあきらめて奉行の前に進み出た。
こうして、甚五郎は埋め立て工事の人柱になったという。
宮沖町にあった甚五郎松は、この甚五郎を供養する為にいつのころか植えられたものと伝えられている。
(「三原昔話」その他による)
円一町内会 三原市教育委員会
(引用者注)□は塗りつぶし
人生には理不尽なアクシデントがたまにある。どう考えてもおかしいのに、まかり通ってしまう恐ろしさ。「袴に横つぎのあたっている者を人柱にするという取り決め」って何だ?「安倍総理のお友達なら優遇される」とか「菅官房長官なら反社の人とツーショットOK」の類と同じではないか。
本ブログ「理数系殿様と人柱伝説」でも、袴に横つぎある者を人柱にする話を紹介した。事もあろうか提案者本人に横つぎがあり、その不運を憂えた娘姉妹が身代わりの人柱になるという理不尽さ。誰のせいにもできず、自業自得と見放つわけにもいかないやりきれなさ。
ネット検索すると、横つぎのある者を人柱にする伝説は他にもあり、福山市の服部大池、和歌山県上富田町の富田川堤防、大阪市の長柄橋が見つかった。なぜ「横つぎ」なのか。横つぎのある者は貧しい。貧しい者は少々犠牲になってもかまわない。そんな弱者切り捨ての論理が見て取れる。
甚五郎松も理不尽な差別を告発し、為政者にアカウンタビリティが存することを指摘しているように思える。理不尽であっても決まったことだからと、甚五郎は従容として死に就いた。それは美徳でもなんでもなく、無念が残されるだけだ。だから人々は松を植えて甚五郎の霊を慰めたのだろう。
そういえば、南アルプストンネルを含むリニア工事では、大手ゼネコンによる入札談合があった。難工事だけに飛び交う巨額マネーに多くの人が手を伸ばしてくる。人の命が犠牲とならず、金で解決できるならそうすればよい。しかし、社会的通念に照らして適正な価格は存在するはずだ。世紀の難工事が、どうか無事に完遂できますように。
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