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日本で初めて乳児用の液体ミルクが発売されたのは昨年のことである。お湯を沸かしたり冷ましたり粉ミルクを溶かしたりと、けっこう手間がかかっていたものだ。粉ミルクの普及は昭和半ばのことで、栄養価が高くて安心との考えも広まった。そのさなかに発生したヒ素ミルク中毒事件は、うちの母親にとっても大変ショッキングな出来事だったようだ。
いろいろあったが、和光堂が粉ミルクを製造販売したのが1917年、森永が製造開始したのが1920年、すでに100年の歴史があるのだ。そのころ、母乳の代わりとしては糖類を加えた牛乳を飲ましていたが、冷蔵庫がなくて傷みやすく、健康被害も多々あったという。すくすくと育ってほしいという母親の切実な願いから粉ミルクが開発され、母乳が足りない時の安心感が広がった。本日はお乳の神様を紹介しよう。
岡山県久米郡美咲町打穴中(うたのなか)に「乳塚(ちづか)様」がある。
社殿は合祀によって取り払われ、基壇の石組みだけが山中に残る。「こんな山の中に…」と思うのは間違いで、すぐそばを津山往来が通るという幹線道路沿いなのだ。国道53号では山道を避けて皿川沿いを走るが、津山往来の旅人は最後の難所、高清水峠を越えて津山に入るのであった。近くにある説明板には次のように記されている。
ある寒い日の夕方、お産が間近な様子の若い巡礼がこの村を通りかかった。村人が宿を勧めたが、急がねばならない事情があったのか、そのままたっていった。翌朝、雪の中に倒れている巡礼の姿が見つかった。その胸元には生まれたばかりの赤ん坊が抱かれ、乳首をくわえていた。母親の体は冷たくなっていたが、乳房のあたりだけはほのかなぬくもりがあった。村人たちは巡礼をそこに手く葬り、塚を築いてまつったという。
いつのころからか、お乳の神さまとして信仰されるようになった。次第に廃れているが、以前は乳が不足すると豆腐、乳が余ると油あげを供えて祈ると霊験があるとされている。
どこか子育て幽霊を思わせるような話である。これほどまでに子育てには苦労があるのだから、私たちは親に感謝せねばなるまい。母親に聞けば、私が飲んだミルクは森永ではなく明治だったらしい。
美咲町打穴西の榊葉神社の境内に「乳呼(ちよび)神社」が鎮座する。
社殿には、おっぱい絵馬が奉納されている。我が子を思う母親の気持ちが込められている。母の愛は海よりも深し。乳呼神社(もとの乳塚様)の由来には、子育て幽霊とは異なる物語がある。『久米郡誌』を読んでみよう。
伝説によれば往昔児島氏の娘元弘の朝の女官であったが、後醍醐天皇隠岐へ御遷幸の際此の地に逍(さまよ)ひ、山賊の為に惨害せられた。時に懐胎の子が分娩した。偶々(たまたま)従者追跡し来り嬰児を拾ひ上げて隣地の村婦に養育を頼んだが乳の無いのに困った。従者は嬰児を懐(ふところ)にし墓前に悲泣した。忽(たちま)ち村婦に乳汁湧き出でて嬰児を養育する事が出来た。以来産婦の乳に乏しき者が祈願すると霊験があるとの事で、今猶信仰する者が多い。延元二年正月造営して乳呼神社と号し明治二十五年再び建立した。明治四十四年四月二十二日榊葉神社に合祀したが乳塚は残って居る。
母親が亡くなるのは同じだが、生まれた子はどうやら、やんごとなきお方のようだ。その後については何も伝えられておらず、英雄伝説にありがちな異常出生譚となっていない。あくまでも「乳がよく出ますように」と願う信仰の場である。
乳幼児の死亡率が高かった昔、赤ちゃんの栄養確保には大変な苦労があったに違いない。子を残して死んだ母親の物語を語り伝え、「さぞかし悔しいことだろう」と哀れに思いつつ乳塚にお参りしたことだろう。粉ミルクが開発される以前の乳塚信仰は、例えるなら新型ワクチンの開発前、つまり現在のアマビヱ信仰だろうか。いやいや、もっと切実な信仰だったことは間違いない。
ご覧いただき、ありがとうございます。
アクセスについてですが、道はありますのでご安心ください。
ただし道幅が狭いので、駐車しやすい場所に車を置き、歩くとよいでしょう。
南側のお墓から少し北へ進むと、津山市福田と美咲町打穴中の境界に沿って道があります。分岐を左に少し進むと乳塚様があります。
投稿情報: 玉山 | 2023/03/22 22:27
https://gyokuzan.typepad.jp/blog/2020/06/乳塚.html を拝見しています。
個人の読者で、乳信仰を研究している関東在住の小児科医師です。来週打穴中の乳塚さまを訪問したいと思っておりますが、グーグル地図で見るとお墓の先は車道がなくなっているように見えます。アクセスについて情報をいただけませんでしょうか? あるいはどこか情報を得る場所はあるでしょうか? 連絡いただけると嬉しいです。
投稿情報: 奥 起久子 | 2023/03/22 17:26