異類婚姻譚というジャンルがある。一番知られているのは「鶴の恩返し」だろう。見てはいけないものを見てしまった悲劇は木下順二『夕鶴』によって芸術にまで高められた。ヒロインつうは鶴の化身だったが、一方でイケてる男性が蛇の化身だったという「蛇婿入り」というストーリーもある。本日は美作に伝わる蛇婿入りのホラーをお届けしよう。
美作市真殿(まとの)に「蛇の枕」がある。
この地のマコトという豪族に美しい娘がいた。ある日のこと怪我をした若侍がやってきて、この家に何日か滞在した。世話をした娘は一目で好きになり、若侍が去ると、すっかりふさぎ込んでしまった。ところがどうしたことか、夜になると明るく元気になってくる。心配した家人が易者に見てもらうと、物の怪がついているという。夜になってこっそり娘の部屋をのぞいたマコトは驚いた。あの若侍がいたのだ。戸締りを十分にしても若侍はやって来る。そこでマコトは…。続きは土井卓治編著『吉備の伝説』を読んでみよう。
あまりにも怪しいので、娘を石室に入れ、石のとびらをして、何も入れないようにした。次の朝起きて石室に行ってみると、大きな蛇が石室を枕のように巻いていた。みんなの姿を見ると、蛇は逃げてしまった。男の正体は蛇だったのだ。石室を開けてみると、娘は溶けて死んでしまっていた。マコトは、娘の死を悲しみ、大きな墓を作った。その墓を作るために、その家は滅んでしまった。
娘を入れた石室が、蛇の枕といわれる石であり、娘の墓が、愛宕山である。真殿の地名は、マコト殿からなったともいう。
悲劇的なあまりに悲劇的な物語である。真殿という地名の由来も伝えている。この蛇婿入りの伝説は各地に伝わっており、古くは『古事記』にも記されているという。調べてみると崇神記に次のような記述が見つかった。
此の意富多多泥古謂ふ人を、神の子と知れる所以は、上に云へる活玉依毘売、其容姿端正かりき。是に神壮夫有りて、其の形姿威儀、時に比無きが、夜半之時に、倐忽到来つ。故相感でて、共婚供住之間、幾時も経らねば、其の美人姙身みぬ。爾に父母其の姙身める事を怪みて、其の女に、汝は自から姙めり。夫無きに、何由にしてかも姙身めると問曰へば、答曰へけらく、麗美しき壮夫の、其の姓名も知らぬが、夕毎に到来て、供住める間に、自然から懐姙みぬといふ。是を以て其の父母、其の人を知らまく欲りて、女に誨曰へつらくは、赤土を床の前に散らし、閇蘇紡麻を針に貫きて、其の衣の襴に刺せとをしふ。故教へし如して、旦時に見れば、針著けたりし麻は、戸の鈎穴より控き通り出て、唯遺れる麻は、三勾のみなりき。爾即に鈎穴より出でし状を知りて、糸の従尋ね行きしかば、美和山に至りて、神社に留りにき。故其の神の子なりとは知りぬ。故其の麻の三勾遺れるに因りてなも、其地を美和とは謂ひける。
オオタタネコが神の子だと知ったのは、次のようなエピソードからだ。
容姿端麗なイクタマヨリビメのもとへ、めちゃめちゃカッコいい男が夜な夜な現れるようになった。お互い好きになって一緒に暮らしているうちに、姫は身ごもってしまった。両親はびっくりして「お前は妊娠してるじゃないか。夫もいないのにどうしてだ?」と問うと、「名前も知らないイケメンが晩になるとやって来て、一緒にいるうちにできちゃった。」と娘が答えた。
両親は男の正体を知りたいと思い、娘に「赤土を床にまき、糸巻にまいた糸を通した針を男の衣の裾に刺しなさい。」と言った。娘がその通りにして明くる朝に見ると、糸は戸の鍵穴へと続いて残りは三巻きだけになっていた。糸をたどっていくと三輪山の大神神社まで延びていた。
こうしたことから、イケメン男子がオオモノヌシであることが判明し、その子孫であるオオタタネコは神の子だと分かったのだ。糸が三巻き残っていたことから、この地は三輪と呼ばれるようになった。
夜な夜な現れる正体不明の男と娘が仲良くなるのは同じだが、正体は蛇ではなく神様だし、ホラーではなく処女懐胎の神話である。それでも蛇婿入りの原型には間違いないだろう。地名の由来を説明するのも共通している。三巻き残ったから三輪だとか、マコト殿から真殿だとか、ほんまかいなと思わせるのも同じだ。
赤土を撒いたのは足跡が分かるようにするためだが、糸も赤く染まったかもしれない。そうすると運命の赤い糸もこのあたりが出所なのだろうか。眞子さまが小室さんに刺した赤い糸は、ニューヨークまで延びたものの切れることなく結ばれた。末長い幸せをお祈りするばかりである。
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。