先日ニュースを見てびっくりしたのは中国五県で幕内力士が二人しかいないことだ。一人は島根出身の隠岐の海関、もう一人は鳥取出身の石浦関である。中国の相撲は山陰でもつ、というわけだ。今年の春場所で優勝した若隆景関は、小早川隆景にちなんだ四股名だから広島出身かと思ったら福島の人だった。本日の紹介は鳥取出身唯一の横綱である。
倉吉市仲ノ町に「琴櫻顕彰碑」と銅像がある。顕彰碑の揮毫は二十六代木村庄之助である。道を挟んで市立成徳小学校があるが、琴櫻はこの学校の卒業生だという。
琴櫻の現役時代は知らない。気が付いた時には佐渡ヶ嶽親方であり、解説や勝負審判の親方だった。琴字の付く四股名の有名力士がたくさんいるが、みな佐渡ヶ嶽部屋である。琴櫻をリスペクトし、琴櫻を目指しているのであろう。
琴櫻自身は師匠の現役名「琴錦」から受け継いだ。琴錦の琴字は地元観音寺市の琴弾八幡宮に由来するという。勝負の神様の由来する琴字は今や角界のブランドである。琴の付く唯一の横綱、琴櫻のプロフィールを説明板で読んでみよう。
第五十三代橫綱琴櫻顕彰碑
第五十三代横綱琴櫻傑將(ことざくらまさかつ)
・本名 鎌谷紀雄(かまたにのりお)
・鳥取県倉吉市(旧東伯郡倉吉町)出身、名誉市民
・1940(昭和15)年11月26日生、身長182cm・体重150kg
角界への志を立て、1958(昭和33)年佐渡ヶ嶽部屋入門。
1963(昭和38)年3月場所新入幕。
強烈なぶちかましと、のど輪で一気に攻める押し相撲を得意とし、「猛牛」の異名を取り、1967(昭和42)年9月場所後大関に昇進。1968(昭和43)年7月場所で幕内初優勝をはたし、1973(昭和48)年初場所において4度目の優勝を飾り、第五十三代横綱となる。幕内最高優勝5回。1974(昭和49)年の現役引退後、年寄佐渡ヶ嶽を襲名。その後も、琴風、琴ノ若(現佐渡ヶ嶽親方)、琴欧洲など数多くの関取を育て、部屋の隆盛に尽くし、日本相撲協会理事審判部長の要職も務めた。
横綱琴櫻の活躍は、郷土倉吉の名を全国に広め、倉吉の喜び・誇りであり、有志により1977(昭和52)年4月に顕彰碑、1999(平成11)年4月に銅像が建立された。
倉吉市
引退相撲での横綱土俵入りでは、露払いに横綱輪島、太刀持ちに横綱北の湖を従えたという。輪湖時代から私の相撲観戦史は始まる。琴櫻以来の幕内力士である石浦関の春場所は振るわなかったが、十日目まで一敗を守り優勝争いをしていた琴ノ若関は琴櫻の孫である。「鎌谷家49年ぶりVチャンス」と注目されたが、4敗という結果だった。今後の活躍に期待したい。
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