「闘竜灘」は神結酒造が醸す銘酒である。加東市下滝野にあって、酒蔵巡りのバスツアーで立ち寄ったことがある。コロナ前の幸せな時代であった。その時は「播州平野」というラベルの美しい普通酒を買った。
別の機会にスーパーで買ったのは「木馬カップ」。プリントされた木馬がカワイイ。それから、「闘竜灘」というにごり酒カップ。銘柄は八岐大蛇が酒樽に首を突っ込む姿を思わせるが、ここは播州であって出雲ではない。
聞けば闘龍灘は奇岩奇勝で知られる名所だという。さっそく行ってみよう。
加東市の上滝野と多井田(おいだ)の境を流れる加古川に「闘竜灘」がある。ごく普通の風景の中、ここにだけ別世界がある。
流紋岩質凝灰岩にデイサイトのマグマが貫入しているといい、ジオパークとしての価値がありそうだ。長い加古川において、この地点だけ特に河食に強かったのだろう。
龍がのたうちまわったかのような風景は、まさしく「闘龍灘」といえよう。そう命名したのは梁川星巌だという。尊王攘夷運動に深くかかわった詩人である。『加東郡誌』第二篇町村第四章「瀧野村」には、次のような漢詩が掲載されている。
闘龍灘 梁川星巌
一道飛瀧劈地開 怒声豪勢闘風雷
秋入千巌霜葉麗 玉龍躍出錦雲堆
一道の飛瀧地を劈(つんざ)きて開き
怒声豪勢風雷と闘ふ
秋は千巌に入りて霜葉麗し
玉龍躍り出でて錦雲堆む
星巌以前には、何と呼ばれていたのだろうか。『播磨鑑』加東郡名所旧跡竝和歌附異談には「瀧野」とあり、次のように説明されている。
河合川は当国第一の大河也。水上は丹波路より出ぬらんかし。其流れは高砂の海に入る。其間にあまたの名所有か中に此瀧野はすくれたる景地也。
瀧野は古くからの地名で、「滝野町」という自治体名もよく知られていた。河合川は現在の加古川のことである。優れたる景勝の地「瀧野」に「闘龍灘」という雅名を付したことで、その価値はいっそう高まった。まさにネーミング効果である。
変化に富んで美しい景色が続く。岩盤の東側にまっすぐな河道があり、「掘割水路」と示された説明板が岩に貼り付けられている。
岩盤を掘り割って水路を造ったのはなぜだろうか。
東はりま 加古川 水の新百景
掘割水路
この「掘割水路」は、加古川舟運や筏通行の最大の難所であった闘龍灘の東端を開削して造られたものです。長さ180m・幅8m・深さ4m。
多可郡産の松・杉・桧の良材は、筏で下流へ運ばれましたが、闘龍灘のために滝の上流で解体、1本ずつ滝落しにかけ、下流の座の浜で組みなおさねばなりませんでした。
この不便さを解消するため、明治5年(1872)、多可郡石原村の村上清次郎らが岩盤の掘削を新政府へ願い出ました。工事は翌年から生野銀山のフランス人技師ムースの指導で始められ、約1年で完成、筏は組みかえなしで運ばれるようになりました。
また、この「掘割水路」は鮎が群集し、それを小網ですくいとる「鮎汲み漁」の名所としても知られていました。
バイパス水路を設けて木材の円滑な輸送機能を確保したのである。ダイナマイトを使用したという近代的な工事は、生野銀山の技師ムースの指導だったという。おそらくコワニエとともに活躍した鉱山技師エミル・テオフィール・ムーセのことだろう。彼の宿舎は移築され「ムーセ旧居」として県の文化財に指定されている。
上滝野側の河畔に闘龍すくえあという公園があり、「河東碧梧桐句碑」が置かれている。独特の書体で読みにくいが芸術的に見える。説明の石板には、次のように刻まれている。
播州寝覚(ばんしゅうねざめ)
跳びあへず渦巻く鮎のひねもすなる哉
大正五年五月二十八日、河東碧梧桐が闘龍灘を訪れたときの句である。
六朝風書体で大幅にしたためた句を闘龍灘の大岸壁に刻む計画であったが中断となり、今日まで「滝野幻の句碑」として語り継がれてきた。播州における旅情の注目すべき一句として評されている。
河東碧梧桐(かわひがしへきごとう・一八七三~一九三七)四国・松山に生まれ、正岡子規の高弟で子規没後は俳句の革新運動を推進した代表的な俳人でめる。
「寝覚」の本場は木曾にある「寝覚の床」。木曾川の浸蝕が生み出した景勝地である。行ったことのない私にはピンとこないが、木曾の基礎を押さえている人には「寝覚の床」を彷彿させるのであろう。
碧梧桐は奇岩奇勝でなく鮎について詠んだ。近くの旅館では「鮎づくし会席」がいただけるそうだ。川魚が苦手な私も少し興味がある。それでも私は鮎よりも奇岩奇勝だ。『兵庫県史蹟名勝天然紀念物調査報告』第四輯「闘龍灘」の項を読むと、次のような記述が見つかった。
口碑によれば往昔闘龍灘岩上は一面の芝生にして所々に巌頭を現すのみなりしと、河条も亦町の西部を流れたりと伝ふ。
秋吉台のような風景だったというのだろうか。俄かには信じがたいが、それはそれで面白そうだ。ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。変わらぬ大地は、かつ削られかつ埋められ、久しくとどめたるためしなし。
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