日本の宗教史の大部分は神仏混淆の歴史である。神は仏の仮の姿であるとの考えが広まり,神社を保護する神宮寺が多く建立された。神前で読経することも自然な信仰形態であった。
岡山市青江3丁目,日赤病院の裏手にある天野八幡宮の鳥居には,かつて「南無妙法蓮華経」の七文字が刻まれていた。今でもその痕跡を見ることができる。
社伝によると「八幡宮の神体は八幡大菩薩の木像にして青江妙泉寺にありし大覚大僧正手刻のものなるが,同寺廃絶の際ここに遷し祀りしといふ」ということだ。備前法華のこの地域では,西国に布教を行った日蓮宗の高僧・大覚大僧正に対する信仰も篤い。
この鳥居は嘉永二年の建立であるが,題目が鳥居から削られたのは,明治維新の神仏分離によるものだという。削っていた石工が途中で腹痛を起こして放置したため,文字の一部が残ったものと伝えられている。法華の小さな抵抗であった。
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