都市部に暮らしていると,天の川は遠い存在である。もう何年も前のことだが,街の灯りが邪魔しない山間部で天の川を目にした時には随分感心したものだ。
天の川にかささぎが群れ集まって橋となり,牽牛と織女との橋渡しをするという伝説は,絵になる美しさだ。しかし,何のことはない。街の中にその川はあった。そして,伝説の橋が架かっていた。
枚方市を流れる「天野川」。天之川町のあたりには「鵲(かささぎ)橋」がある。
現在の位置に橋が架けられたのは明治になってからだが,川の名は古くから知られていた。川砂の白さ,緩やかな流れが平安貴族の心を捉え歌所として有名であった。鎌倉時代の『中務内侍日記』には,次のように記されている。
また橋多く過ぎぬる中に、「これなむ天の川〔河内國交野郡にあり〕に侍る」といふを見れば、橋やぶれて、その形ばかりぞ僅に殘れる。
これやこの七夕づめのこひわたるあまのかはらのかささぎの橋
七夕伝説を想い起こさせるにはかなりの想像力を要する現状だが,この川をモチーフとして幾多の歌が創造された。天野川は,まさしく地上の星であった。
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