いちま~い,にま~い…井戸から皿を数える声が聞こえる。皿を失くしたことで責め殺され,井戸に沈められたお菊の声だ。ご存知,播州皿屋敷とか番町皿屋敷とか呼ばれる幽霊話である。暑くなるのがやや遅めの今年だが,涼を誘うことで暑さも呼び込むことにしよう。
尼崎市大物町二丁目の深正院(じんしょういん)に「お菊の井戸」の跡がある。写真では右側の塀の下にあたる。同じ兵庫県でもここは播磨ではなく摂津,したがって摂州皿屋敷というわけだ。
お菊いじめの主犯は,姫路の播州皿屋敷では青山鉄山,江戸の番町皿屋敷では青山主膳である。伊藤篤『日本の皿屋敷伝説』は各地に残る48もの皿屋敷伝説を紹介し,一覧表を作成している。被害者・お菊,加害者・青山氏という名前がどの伝説にも共通しているわけではないが,この組合せが有名なことは確かだ。
なぜ,尼崎に皿屋敷伝説が発生したのか。ここ摂州皿屋敷での悪役は青山某だとも何某玄蕃とも伝わっている。「尼崎」と「青山」のキーワードで検索してみると,尼崎では18世紀初めまで青山氏が4代にわたって藩主を務めていたことが分かる。殿様の記憶とすでに有名であった皿屋敷の悪役が結びつき,新たな伝説が生まれたのだろう。
なお,ここ摂州皿屋敷では,「お菊虫」が発生したと伝わっている。若い娘が後ろ手に縛られたような気の毒な姿の虫だという。しかし,なんのことはない,ジャコウアゲハの蛹なのであった。
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