大河ドラマがホラーになっている。無表情なおかっぱの赤い集団、禿(かむろ)に取り囲まれるのだ。現実なら間違いなく恐怖だ。平家の悪口など言えたものではない。そうした圧制が反対勢力の不満を高め不穏な動きを惹起し、それをまた平家側が弾圧する。デス・スパイラルである。
もうしばらくすると「鹿ケ谷の陰謀」が大河に登場するはずだ。その犠牲となるのが西光であり藤原成親であるのだが、今日は成親の話をしたい。いつも不安げな顔つきながら小賢しく生きる人物像を見事に演じているのは、吉沢悠である。しかし、この後に悲惨な運命が待っているのかと思うと気の毒にも思えてくる。
岡山市北区一宮の吉備津彦神社の裏山に「藤原成親供養塔」がある。横穴式石室の上に置かれている。
まずは、なぜ後白河法皇の近臣の供養塔がここにあるのかを、吉備の中山を守る会が制作した説明板に教えてもらおう。
この五輪塔は、鹿ケ谷事件で平清盛に捕らえられ、備前と備中の境にある有木の別所で処刑された大納言藤原成親(1138~1177年)の供養塔と伝えられています。
宝珠と請花が失われているため、代わりに小さな石塔の笠が載せられた花崗岩製の高さ102cmの五輪塔です。古い記録では、有木山にあったものをこの場所に移したと伝えていますが、塔の様式は南北朝から室町初期のものと考えられ、成親が処刑された平安末期のものではありません。
成親は、この地で無念の最後を遂げますが、この事件が平家打倒運動の大きなうねりの第一歩となり、栄華を誇った平家一門は滅亡への道を歩みはじめることとなります。福田海(ふくでんかい)の入口より500mほど南に登ったところに藤原成親遺跡(県指定史跡)があります。
この「藤原成親遺跡」が、成親が無残に処刑された有木の別所にあたる。以前にこちらでレポートしている。成親遺跡と成親供養塔の関係はよく分からないが、同じ山に2か所ゆかりの地があるのは、成親処刑の印象が強かった証左だろう。
成親の家系は、藤原不比等-房前-魚名-末茂-総継-直道-連茂-佐忠-時明-頼任-隆経-顕季-家保-家成-成親と続く。いわゆる藤原北家魚名流で、多くの氏族を輩出した家系である。
成親の子孫として後世に伝わったのは阿野家で、成親の子で藤原北家閑院流の滋野井家の養子となった公佐を祖とする。公佐は源義経の兄である阿野全成の娘を室としたことから子孫は阿野家を名乗った。著名な人物に後醍醐帝の寵妃となった阿野廉子がいる。阿野家の家格は羽林家で神楽を家業とし、明治に至って子爵に列せられた。
酔った勢いで「瓶子(へいじ=平氏)が倒れました」などと、やがてシャレにならなくなる戯言を口にした藤原成親。鹿ケ谷の陰謀の名場面だから、テレビでも放映されるだろう。吉沢悠の演技に期待したい。おもしろうて、やがて悲しき運命が待っていることを知っているから、見ていて切なくなる。その切なさが、今年の大河ドラマの楽しみなのだ。
そういえば、今朝の新聞に再来年の大河ドラマが『軍師官兵衛』と決まったと報道されている。間違いなく視聴率が取れるだろう。このブログでも黒田官兵衛の先祖ゆかりの地をレポートしたことがある。「天下取り官兵衛」という姫路の酒も飲んだことがある。やはり大河ドラマは旅心を誘発する。
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