「マイナスイオン」が流行った時期があった。家電製品の宣伝でよく聞いた。人工的なのよりも、やはり自然。森林や滝でマイナスイオンを浴びようというのもあった。言葉とイメージが先行する形でブームになったものの、科学的には説明が苦しいようだ。マイナスイオンを浴びる、と聞けば爽やかな気分になるが、陰イオンを浴びる、と聞かされたら体にいいのかと心配する。
それでも、あえて言おう。滝でマイナスイオンを浴びよう。その正体は、谷を通る冷気と滝水が作る細かい水滴だろう。ゴーと響く滝音を含めて深山幽谷にいるかのような雰囲気そのものが、マイナスイオンなのである。
岡山県勝田郡奈義町高円に「蛇淵(じゃぶち)の滝」がある。もちろんマイナスイオンたっぷりのプラス評価である。落差は30mくらいで、三段の構造になっている。
「蛇淵」という名称が気になるところだ。『岡山の滝』(斎藤彰男、山陽新聞社、平3)には、次のように紹介されている。
伝承によれば、龍神の落とし子三穂(さんぶ)太郎が、淵に棲む大蛇を三つに切って退治したので三段の滝になったとか。往時は雨乞いのため、淵に酒樽を投げこんで大蛇に呑ませ、その返礼として雨を降らせてもらうという行事が行われていた。
三穂太郎はこの地方に伝わる巨人伝説の主人公だが、鎌倉時代に勢力のあった菅原三穂太郎満佐という武士がモデルだともいわれている。その話は別に詳述するつもりだ。
有名な別の伝承によれば、太郎の母親である大蛇が身を隠した場所だという。昔話で聞いたヘビ女房のような話である。『吉備の伝説』(土井卓治、第一法規、昭51)の「三穂太郎」の項で紹介されている。夫が約束を破って部屋をのぞき、妻のヘビ姿を見てしまう。その次から引用しよう。
妻は、正体を見られた以上ここにいるわけにいかないと、山の奥へとんで行った。残された太郎は、乳がないので泣き叫ぶ。実兼は困り果てて、妻の行った那岐山の山のほうへたずねて行った。蛇のすんでいるという蛇淵に行き、呼んだ。蛇が現れて、五色の玉をくれ、これを太郎になめさせて育ててくれといって姿を消した。
大蛇は母なのか敵なのか。いずれにしても、さもありなんと思わせる雰囲気が滝には漂っている。単に爽やかさだけではない。何か起きそうな不安のよぎる空気が伝説の滝には存在する。これもマイナスイオンの一側面と言えようか。
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