試みに「セブン・マイル・ブリッジ」と画像検索してみるがよい。鮮やかな青の上に続いてゆく一筋の橋。夢のように美しい風景と言っても決してオーバーではない。
試みに「セブン・マイル・ブリッジ」と地図検索してみるがよい。米国フロリダ半島の先から細く長く続く不思議な道がある。どこまで続くのかと思ってスクロールすると、行き止まりだった。その先はキューバである。
この橋の長さは、名にし負う7マイル、実際には11km弱である。海上を10km以上も走ることができるとは、さすがにアメリカン・ドリームだ。
と思ったら、同じくらいの距離の海上を、日本でも車で疾走できるのであった。これぞ、日本が誇る夢の架け橋、「瀬戸大橋」である。
坂出市坂出町に「瀬戸大橋竣工記念碑」がある。
ここから瀬戸大橋を眺めたのが下の写真だが、海上部まではまだまだ距離がある。
瀬戸大橋の開通は昭和63年4月10日、走り続けた昭和最後の輝きであった。工事に関わった男たちの思いが記念碑に刻まれている。
人々は、一世紀もの永い間、瀬戸内の海に橋を架けることを夢みてきた。そして人々は、このとてつもない大きな夢に挑戦し、遂にその夢を現実のものとした。
瀬戸大橋は、多くの人々の限りない情熱と、最高の英知と、汗にまみれた努力を積み重ね、長い長い試練の歳月を経て、ここに輝かしく完成したのである。
いよいよ瀬戸大橋新時代の幕明けである。瀬戸大橋は、人と人、地域と地域を結びつけ、多くの幸せを運んでくれるに違いない。
蒼い海と、島々の緑に融け込んだライトグレーの壮大な橋の姿は、往き交う人々に、又新しい夢、新しいロマンを呼び寄せてくれるであろう。坂出市瀬戸大橋架橋工事促進協力会は、十年にわたる架橋工事に全員が一丸となって協力し、この大工事にかかわってきた。いよいよ歴史にも燦然と光り輝く世紀の大橋の開通の日を迎え、この大事業に参加した大きな誇りと、深い感動に胸震える想いである。この佳き日を記念して、ここに会員の名を刻し、永くこの喜びを残し伝えたい。
瀬戸大橋新時代の限りなき発展を祈りつつ。
昭和六十三年四月十日
坂出市瀬戸大橋架橋工事促進協力会
会長 中村勝敏
撰文 草薙 繁
プロジェクトXよろしく、田口トモロヲ風に読むもよし、中島みゆきをBGMに流すもよしである。会長の中村氏は建設面から、撰文の草薙氏は行政面から架橋工事を支えてきた。造るもロマン、見るもロマン、渡るもロマンである。
海を渡るのは車だけではない。道の下には列車が行き交っているのである。坂出市のホームページには「道路、鉄道併用橋(上部が自動車道路、下部に鉄道)としては、世界最大の橋です。」との記述がある。ただし、瀬戸大橋は複数の橋の総称であるため、連続する橋としては世界一という解釈になろう。
ま、細かいことはどうでもいい。私自身、瀬戸大橋のおかげで四国に行く回数が増えたのだから、その恩恵は計り知れない。山よりも高く、海よりも深く、瀬戸大橋よりも長いのである。
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。