『十三人の刺客』という映画がある。平成22年にリメイクされた殺陣シーンの凄まじい作品である。SMAPの稲垣吾郎が演じたのが暴虐残忍な殿様、明石藩主松平斉韶であった。だが、この殿様、12代将軍家慶の異母弟ということで諌める者がいない。そこで、老中土井利位は役所広司演じる島田新左衛門ら13人に斉韶暗殺を命じるのだった。
面白いストーリーだが、史実とはかなり異なるようだ。松平斉韶(なりつぐ)は普通の明石の殿様で、気の毒なことに子だくさんの11代将軍家斉の子の一人を押し付けられた地方大名なのだ。養子として迎えたのが斉宣(なりこと)、家慶の異母弟である。
明石市人丸町の長寿院に「旧明石藩主松平家廟所」があり、中でも巨大なのが斉宣(なりこと)夫妻の墓である。
やはり、将軍の子供は違うな、いかにもというお墓である。この斉宣こそ暴君だったという話がある。三田村玄龍(鳶魚)『大名生活の内秘』(早稲田大学出版部、大10)所収「帝国大学赤門由来」の中の一話「明石源内寝覚鉄砲」である。
播州明石の城主、松平左兵衛督斉韶(なりつぐ)の養子になった家斉の第五十三号の子供、幼名周丸(ちかまる)、それが兵部大輔従四位上斉宣(なりこと)といふ殿様になって、持高十万石の半分、五万石を幕府ヘ献じ、参勤道中斬捨御免(きりすてごめん)を交換条件にしたと噂された。それは噂だけであるが、征夷大将軍の倅(せがれ)だといふので、親仁を光らせること夥(おびただ)しい、偖(さて)こそ当時に明石源内寝ざめ鉄砲とちょんがれ節に唄はれる大椿事(だいちんじ)を製造に及んだ。甲子夜話(かっしやわ)に『明石侯旅行の状を見しに駕廻(かごまわり)従士の輩、皆脇指一刀のみ帯び、半てん股引(ももひき)にて野服の体なり、その陪僕(ばいぼく)は侯の槍馬の後より各その主の刀を革袋に納れてかつぎ群れ行く』とある。大名の道中にしては随分奇怪な態(さま)で、何の為めにお祭のやうな例の行列を廃したのかと不審されるが、是は尾張侯の領地を限って潜行される体裁なのである。明石侯斉宣が曾(かつ)て木曾路を通過の際に猟夫源内の幼児、僅(わづか)に三歳になったばかりのが御威勢/\とお世辞に囃し立てられるのを真に受けて天下一睨(にら)みの気になった坊チャン殿様の行列の前を横切ったから溜らない、それ『道切り』とあって取押へた。当夜の御本陣へは前後の宿駅から多勢で、幼児の貰(もら)ひ下げに出た、神主も坊主も御用捨御宥免の歎願は、耳聒(みみかしま)しい程に繰返されたのに、血気の兵部大輔殿は幼年にもあれ、予が行列を犯す上は決して宥免罷成らぬと、東西の弁(わきま)へもない幼児を斬て捨てられた。それを知った尾州家では、如何にしても明石の乱暴は棄て置けないとあって、早速使者を遣はし、先日の如き理無尽を働らかるゝに於ては、今後当家の領土を通行御無用であると断られた。明石と江戸との通路、何としても尾州家の領土を通らずには済まぬ、東海道も木曾路も往返が出来ない事になっては全く交通断絶である、それでも参勤しないでは済まない、詮方なしの潜行、世に凄(すさま)じい大名の身を以て、蛆虫のやうにも思ふ町人百姓等が潤歩する天下の大道を自分で窄(つ)ばめて無理に窮屈にした体裁を、生憎(あひにく)松浦静山公に書かれた訳(わけ)なのである。明石侯の方は面目を損じて、頗(すこぶ)る御威勢なる者を殺がれたのを不快に思ったらうが斬捨にされた幼児の親は無慈悲に横道(わうだう)を働く狂気大名めと、悲しみよりも憤りが深い、愛子(あいし)の仇敵、おのれやれ民部大輔と、猟師の源内(げんない)は山稼ぎの飛道具、密々に機会を覘(うかが)って居た。弘化元年六月二日、明石侯斉宣の喪は発せられた、享年二十歳、源内の筒の先から硝烟の散りやらぬ間に、馬鹿殿は木曾路の露と消えたのである。
親の七光りで明石城内でエラそうに振る舞い、三歳の子が行列を横切ったからと切り捨てる非道ぶり。『十三人の刺客』のモチーフはこのあたりにあるようだ。尾張藩を怒らせて領内の通行を禁じられたため、目立たぬようにしてそうっと通ったともいう。
ただし、暴虐な明石の殿様が暗殺されているものの、13人の刺客に襲撃されたわけではない。愛する子を殺された親、源内の仇討物語となっている。しかも、ゴルゴ13を思わせるような見事な狙撃で仕留めている。これはこれで共感を呼ぶ内容だろう。
それでも、ひっかかるのが、ほんまの話ですか、という点だ。確かに松平斉宣公は20歳の若さで亡くなっている。それは病気のためのようだし、研究者によると、公は藩主として参勤交代することなく江戸で亡くなったという。とすると、冤罪のにおいがしてくる。
おそらくは、将軍の御曹司として藩主に下った坊チャン殿様、あほボンだから、庶民の気持ちなど何も分からぬだろう、そんな勝手な憶測があったのではないか。その実像は、雄図を抱く青年君主だったが、不運にも病魔に倒れたにすぎないのだ。
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