「時間だけはどんな人にも平等」とされながら、時間ほど主観に左右されるものはない。あっという間に過ぎていく楽しい時間がある一方で、重苦しい長い時間もある。とすれば時間は、壁にかかった時計のように、私たちの外にあるものではなく、自分の気持ちとともにあるものなのだろうか。
宇宙の始まりはビッグバンだというが、その前には時間がなかったのだろうか。時計の針が動くとか、歳をとったとか、時間を捉えるには変化が必要なのだろうか。私たちには歴史があるが、他の星における時間の経過は歴史と呼べるのだろうか。月は満ち欠けを繰り返すだけで何の変化もない。月にとって時間とは何なのだろうか。
本日は時間に追われる諸氏のために、時間とは何かを時間を気にせず思索できる場所を紹介する。
大田市仁摩町天河内(あまごうち)の仁摩サンドミュージアムに「砂暦(すなごよみ)」がある。
世界一の大きさを誇る砂時計で、平成27年9月20日にギネス世界記録に認定された。高さ5.2m、直径1mで、1トンの砂が0.84ミリの小さな穴を1年間かけて落ちていく、という凄さである。
これに対抗心を燃やしたのか、鳥取商工会議所がさらに大きな砂時計の設置を計画しており、今年5月25日には砂時計の試作機を公開した。高さ6m、1トンの砂が1時間で落ちるものだという。鳥取の夏祭りの「しゃんしゃん傘」をイメージしたデザインである。
しかし、仁摩の砂時計は、単に大きいというだけではなく、その思想は深く、関係者は広く、デザイン性にも優れている。平成3年の開館の頃に制作された「〈仁摩サンドミュージアム〉ガイドブック」は、写真集のような美しさで、しかも、冒頭には竹下登元首相が挨拶文を寄せている。
元首相は、我が国が今やGNP世界第2位にまで発展したことを誇らしく語るとともに、これからは心の豊かさが必要だと説く。そこで「誰もが故郷に生まれ育って良かったと実感できる」契機とするため、あの「ふるさと創生事業」を実施したのだという。そして、国際社会に向けて次のように述べている。
〈仁摩サンドミュージアム〉の建設にあたりまして、ご協力賜りましたエジプト・アラブ共和国ならびにドイツ連邦共和国の関係各位の皆さまにお礼申し上げるとともに、この〈仁摩サンドミュージアム〉が、国際色豊かなふるさと創生事業として、広く世界への窓を開いてくださった事も、大変意義深いことであると考えます。
さすがに一国の長の視野は広い。単なるお国自慢では何も変わらない。外から故郷を見つめ直すことにより、その価値を再発見する。魅力を国外にも発信し、いっそう高めていこうとする意義ある事業なのだ。ガイドブックには挨拶文や説明文の英訳も併載されている。
「ふるさと創生事業」は、ばらまき行政と揶揄され、実際、1億円を「金塊」にしたが盗まれただとか、「温泉」を掘ったが出てこなかったとか、有名なところでは、「村営キャバレー」をつくったがつぶれただとか、ロクでもない使いみちが話題となった。
しかし、当時の仁摩町は違った。町長が地元出身の有名な建築家・高松伸にプロジェクトへの参加を依頼する。高松はエジプトに飛んで「群としてのピラミッド」という着想を得て帰国し、6基のピラミッドを建設する。そして、砂時計となる巨大なガラス容器はドイツ製である。この独創的なミュージアムができたのは、エジプトとドイツのおかげだったのだ。
世界に誇りうるミュージアムを創生し、世界遺産・石見銀山を含む観光ルートとして、今も多くの人々を魅了している。当時の選択の正しさが今回、ギネスにも認められたのである。
仁摩町には「琴ヶ浜」という、有名な鳴き砂の浜がある。当初、砂時計にはここの砂を使おうとしたが、粒が大きくて砂時計が巨大になり過ぎるため断念したそうだ。そこで、見つけたのが山形県飯豊(いいで)町の500万年前の地層に含まれる砂だった。砂時計の中にはこの砂が6400億個入っているそうだ。
6400億だなんて、数がとてつもなく大きい。その砂粒が全部落ちるのに1年という時間がかかる。6400億と1という数字が等価となっている。時間を大きく区切るか小さく区切るかによっても、感じ方は異なる。相対性理論でなくとも、時間は相対的なのではないか。
タイムイズマネー、時間を上手く使うがよかろう。しかし、時間を無駄にすることも、それはそれで豊かなスローライフだ。大きな砂時計をいくら見ていても、下の容器に砂が増えているようには見えない。悠久の時の流れと私が感じる時間。それを見つめる場所こそ、仁摩サンドミュージアムなのである。
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