鉄道ファンには様々な専門分野があるそうだが、駅舎を探索・研究する「駅鉄」という人々がいる。いっぽう映画「男はつらいよ」シリーズを愛する「寅さんファン」という人々もいる。また、映画のロケ地を巡る「フィルムツーリズム」という旅の形態もある。本日紹介するのは、映画「男はつらいよ」第48作「寅次郎紅の花」のロケ地となったノスタルジックな駅舎である。
津山市堀坂に国登録有形文化財の「JR因美線美作滝尾駅駅舎」がある。映画の冒頭に登場する。寅さんはここで「勝山まで」と中国勝山駅への切符を買う。映画では450円だったが、現在は990円である。
木造平屋建て、切妻屋根部分は釉薬桟瓦葺きの駅舎は、手入れが行き届いていて気持ちよい。ちょうど15:36発の美作加茂ゆきが出発したところだ。因美線は鳥取県内で大正八年に営業運転が始まり、岡山県側も昭和三年に津山駅と美作加茂駅の間が因美南線として開業した。美作滝尾駅が設置されたのもこの時である。
この駅はおそらく「聖地」として、のどかな風景とともにいつまでも愛されることだろう。いっぽう古いものが消え去るのも、無常の世ならば当然のこと。失われた駅舎を一つ紹介しよう。
赤穂市有年横尾に「JR山陽本線有年駅駅舎」があった。写真は平成23年の撮影。もちろん駅は現在もあるのだが、兵庫県内で現存最古であった木造駅舎は平成29年に解体され、現在は都会的な橋上駅舎となっている。
古い駅舎に文化財としての価値を認めていたのか、写真左端に写る「有年駅」と示された標柱には、次のように記されていた。
明治二十三年(一八九〇)に山陽鉄道有年駅として開設
駅舎は当時の面影を現在に残している
屋根の部分は往時のままだったようだが、それも今は昔。駅舎の在った場所は駅前広場になっている。レールも少し北側に付け替えられたようだ。私はこの日、有年駅から折りたたみ自転車で室津に向かい、竜野駅まで戻って電車に乗った。
変わらぬものと失われゆくもの。不易と流行という視点から、世の中の本質が見える。昔のたたずまいそのままの美作滝尾の駅舎にも、今は見ることのできない有年の駅舎にも、しみじみとした情趣が漂う。変わらないように見える美作滝尾駅だが、駅としての本来的な機能に加えて、歳月やロケ地という新たな価値が付加され、発展的に変容している。まことに、我が世誰ぞ常ならむ、である。
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