今年も秋祭りの時季になった。岡山にあるうちの地域では「備前太鼓うた」のレコードを大音量でかけていた。さすがに近年は音量を落としているが、秋の風物詩の一つであることは変わらない。「びぜーんーおかーやーまー」と始まる名調子は誰かと思ったら、北島三郎だった。備前国に岡山があり、備前国は岡山県に属する。
関西方面へ旅行するとき、新快速に乗るため朝一番の電車で播州赤穂駅に出ていた。ここから乗れば確実に座ることができる。赤穂は播磨国に属し、播磨国は兵庫県に属する。
赤穂市福浦に「備前福河駅」がある。写真は上り方面である。
赤穂市なのに播磨じゃなくて備前?
誰もが思う疑問に、説明板が答えてくれる。
ここは兵庫県赤穂市福浦
駅名は備前福河駅
●昭和30年3月1日国鉄赤穂線が日生まで開業時に、岡山県和気郡福河村当時に出来た村唯一の駅。昭和38年9月1日、住民の長年の念願がかない兵庫県赤穂市に越県合併した後も駅名は変わらず当時のままとなっている。
駅ができた時には岡山県和気郡福河村であり、この村は福浦地区と寒河(そうご)地区から成っていた。駅開業からひと月ほどで日生町となった。
ところが、福浦地区の人々は生活圏が赤穂市域であるとして、赤穂市への越県合併を希望した。赤穂線開通で赤穂へは、ますます近くなっていた。赤穂市側にも海岸を埋め立て、工業用地とするねらいがあったという。
これに対して漁業権を失うことを恐れた岡山県側が猛反対し、かなりもめたようだ。結局、陸は兵庫県へ、海は岡山県へという形で、昭和38年に決着し、今の県境が確定した。ただし、福浦地区のうち一部は岡山県に残り、しばらく福浦と称していたが、今は寺山という地名になっている。
「福浦」という地名は岡山から消滅した、というわけではない。赤穂近くに「取揚島」という県境の島があるが、この岡山県側の地名は「福浦」だという。海を岡山県が死守したことがよく分かる。
備前市営バスの日生線は「福浦峠」バス停まで通じている。いっぽう赤穂市の市内循環バスゆらのすけの東西ルートは「法光寺」バス停まで行くことができる。福浦峠と法光寺の間の坂道には、バスは走っていないのである。昭和に確定した県境はすっかり定着しているようだ。
下り方面を向くと、毘沙門山が構えている。その山裾の福浦峠を国道250号は越えるが、電車は福浦トンネルを抜けて岡山県に入る。普通の山にしか見えないが、駅には驚くべき説明板が掲げられていた。読んでみよう。
赤穂コールドロンの痕跡が見える駅
備前福河駅
日本列島が大陸の一部だった8,300万~8,200万年前頃、この地域で大きな噴火が起き、カルデラができました(赤穂コールドロンの形成)。カルデラの大きさは、長径約21kmで、熊本県の阿蘇カルデラに匹敵します。
カルデラの中心付近では、噴火の後もマグマの活動が続いていて、マグマの一部は地下でゆっくり冷え固まりました(深成岩の形成)。その後、長い年月の間にカルデラの地形は削られ、現在では火山体の内部として、カルデラをつくった噴火で放出された火山灰などが堆積してできた溶結凝灰岩と地下の深成岩が露出しています。
(解説 産業技術総合研究所地質調査総合センター)
赤穂市
さらに、上部が溶結凝灰岩、下部が深成岩であることを示した写真があり、次のようなキャプションが付けられていた。
溶結凝灰岩は急峻な、深成岩は緩やかな地形になっています。これは、深成岩の方が風化侵食の影響を受けやすいためです。
「コールドロン」、しかもその痕跡だという。なんだ?それ。新手のパワースポットなのか?
説明を読むと、白亜紀後期に「カルデラ」がこの地にあったことが分かる。コールドロンとカルデラ。c,l,d,rが共通していることからお気付きのように、同じ言葉である。cauldronが英語、calderaがスペイン語。どちらも大釜、地学的には陥没地形を意味している。
阿蘇カルデラ、姶良カルデラに匹敵するカルデラが、ここ赤穂にあった。つまり、赤穂カルデラの痕跡というわけだ。ただしカルデラのような大釜の地形がみられないので、より広い概念のコールドロンと呼んだのだろう。
赤穂コールドロンが形成された際の衝撃波は、さぞかし凄まじかったであろう。この地のように、マージナルな場所には揺らぎがあり、それが魅力となっているのだが、まさか、衝撃波で今も揺らいでいるのではあるまいな。