酒の嗜みが分かるには、ある程度に歳を重ねる必要がある。若いうちは酔って訳が分からなくなることに面白さを感じるが、この歳になると酔うことで頭脳が明晰にさえなってくる。酒には覚醒作用があるらしい。
だが、酒には中毒性があるのも事実で、依存症とまではいかずとも、ついつい誘惑に負けてしまう。そんなところに人間の弱さが露呈する。もっと強く生きなくてはならない。
高砂市高砂町北本町の高砂地区コミュニティセンター前に「河合義一之像」がある。
像の裏側に「一九六三メーデー記念」とあることから分かるように、河合は常に勤労大衆の味方として生きた。その例として、大正14年に加古川で起きた「赤鉢巻事件」を紹介しよう。
これは、地主が小作人に無断で土地を売却しようとしたことが発端となり、地主の所有権と小作人の耕作権とが対立した争議である。この時、河合は埋立工事の進む小作地で麦播きをするよう農民を指導した。小作人の権利を主張するためである。近隣の農民も赤鉢巻をして応援に駆け付けた。
地域の農民運動を主導した河合は、昭和12年の衆議院議員総選挙で当選し、社会大衆党に所属して1期務めた。戦後にも22年の総選挙で当選し、日本社会党に所属し1期務めた。また、28年には参議院議員となり、左派社会党(後に右派と統一)に所属して1期務めた。
議員として国民の権利擁護、福祉向上のため精力的に活動したが、ここでは少々珍しい議会質問を紹介しよう。昭和15年の第75回帝国議会のことである。
この帝国議会においては、未成年者の体力向上をねらいとした「国民体力法」が成立した。法案の審議をしていた3月20日、本会議で河合は「青年禁酒法」の制定も求める関連質問を行った。これは25歳未満の者の禁酒を定める法律であった。
過日来の貴族院に於ける委員会に於きましても、厚生大臣は国民の体力を管理する上に於きまして、あれもしたい是もしたいと思ふが、予算が足りないからと云ふことを度々申されて居るのであります。私は茲に金が要らない所の国民体力を増進する良き一つの方法を持って居るのであります。それは来年度に於きまして二十歳まで飲酒の習慣を持たなかった者を、二十一歳まで其の習慣を持続さすことであります。其の次の年には二十二歳まで其の良き習慣を続けさすことでありまして、其の次の年には二十三歳までと云ふ風に、一年づつ延して行きまして、五年掛って二十五歳未満禁酒法を完成するのでありますが、煙草も此の手でやりたいのであります。煙草と酒との害毒に付きましては、過日貴族院に於ける委員会に於きましても、大臣の御言葉の中に、学術振興会で調査したことを参考にすると云ふことを申されましたが、此の学術振興会に於きましては既に酒と煙草の害毒に付きましては調査済なのであります。是程金が掛らないで効果百「パーセント」な良法はないと思ふのでありますが、大臣は如何に御考になりますか。
答弁したのは米内内閣の厚生大臣、吉田茂である。戦後首相となった人物とは同姓同名の別人である。
二十五歳未満の青少年の禁酒禁煙と云ふことを、五箇年計画で一年づつに実行致して行ったらば、予算も要らないで洵(まこと)にやり易いではないかと云ふことは、洵に一つの有力な御考案でございますから、当局と致しても能く考へさして戴くことに致します。
前向きな答弁を引き出している。禁酒を推進する運動がある一方で、「青年禁酒法」制定に反対する請願も出されており、結局、この法案は成立しなかった。
戦後、価値観が大きく変化したが、河合の政治姿勢は変わらなかった。昭和22年11月29日、第1回国会における衆議院予算委員会での発言である。
ただいま主税局長からタバコのことについても御説明がありまして、今までは二万三千町歩つくっておったのが、今日は五万町歩になったと言われましたが、これは、元来からいうならば、各委員もよく御承知でありましょうが、タバコの害毒ということは、学術振興会におきましても折紙がついている。試験済であります。このタバコをたくさん国民に吸わせて、これからたくさんの税金をとるということには私は絶対反対なんです。禁酒禁煙というようなこともひとつ国民運動に織りこんでもらいたい。インフレの防止ということは、公の経済と個人の経済との赤字をなくすることであります。タバコをのむために赤字がかさんでいくということは、これは事実なんです。收入をはかるためをいえば、国民にタバコを吸わすことはいいことかもしれませんが、国民運動としては絶対反対をしたい。そういうことも織りこんでもらいたい。
ここでいう国民運動とは、当時の片山哲内閣が進めた「新日本建設国民運動」のことである。河合にとって、禁酒禁煙は国づくりの要諦であったようだ。ぶれない政治家、それが河合義一であった。
法定飲酒年齢を25歳とせよという主張は、河合の独創ではない。河合が議員でなかった昭和25年4月7日には、「青少年飲酒防止法案」が参議院を通過した。この法案が成立すれば、未成年者飲酒禁止法は廃止され、飲酒の法定年齢が25歳に引き上げられるはずだった。しかし、衆議院で審議未了廃案となり、今に至っている。
近年は酒やタバコの許容年齢を25歳に引き上げようとの議論を聞いたことがない。昨年、選挙権を18歳からとしたことを踏まえ、自民党の一部に飲酒や喫煙も18歳からにしてはどうかという意見も出たほどだ。
繰り返しになるが、酒の嗜みが分かるには、ある程度に歳を重ねる必要がある。少なくとも大伴旅人や若山牧水の歌が分かるようになってからでないと、酒を呑む資格がない。おっと、これでは、私も呑めなくなってしまうので、前言は撤回しておきたい。
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。