阿蘇山のカルデラは世界最大と聞いたことがあったが、実はそうでないらしい。でも、とにかく大きくて全体の姿は捉えにくい。阿蘇山のように、カルデラの外壁をなす外輪山があって、その内側に中央火口丘がある山を「二重火山」という。本日は「世界で最も美しい二重火山の一つ」を見たことがあるのでレポートする。その場所とは…。
北海道国後(くなしり)郡留夜別(るよべつ)村に「爺爺岳(ちゃちゃだけ)」がある。どっしりとした円錐台の上に小富士が乗る印象的な山容だ。写真は色丹郡色丹(しこたん)村の斜古丹(しゃこたん)港から撮影したシルエットである。
標高は1,822mで北方四島では最高峰であるが、さすがに日本人で登山した人はあまりいないようだ。活火山としても警戒されているという。その姿は内閣府のパンフレット『北方対策~北方領土の返還実現にむけて~』において「世界で最も美しい二重火山の一つ」と形容されているほどである。
斜古丹の子どもたちがお土産にと、斜古丹港から見た爺爺岳をホタテ貝に描いてくれた。美しいと感じる気持ちは民族に関係ない。ずっと昔にはアイヌの人々が、この山に特別な思いを抱いていた。アイヌ語で「チャチャ・ヌプリ」といい「お父さん山」のような意味らしい。
北海道庁編『北海道の口碑伝説』(日本教育出版社、昭和15)には、次のような伝説が掲載されている。
国後島の爺々山は、千島列島に於ける第一の高山で、実に神秘崇厳な霊峰であるが、此の山麓には幾多の伝説が秘められて居る。
山麓一帯は、今なほ太古そのまゝの原始林で、猛獣や鳥類が棲息して居る。山神は之等の鳥獣を保護するため、如何なる狩猟の名人と云はれるアイヌ人でも、二度まではこの森林で狩することを許すが、三度に及ぶと神罰を蒙り、必ず生命を失ふと一般に信じられてゐた。故に土人は、鷲を獲るのに森林に這入らず、一里も連なる海岸の絶壁の岩蔭に隠れてゐて、日没頃多くの鷲の群が、択捉島方面から餌食を漁って己が巣に帰る、途中を要して毒矢で射止めるのが、長い間の習慣であった。
鷲の大将は、此の人間の暴戻を非常に憤慨し、或時一族の安全と復仇に就いて衆議を凝らした結果、爺々山の神の使たる熊に、その善後策を相談すると、熊は夫れは洵に気の毒ぢゃ、俺が皆の仇を取ってやると快諾した。そこで熊は、土人よりも先廻りして岩蔭に隠れてゐて、悠々とやって来る土人に猛然と飛びつき、一撃の下に斃して死体を深林に担ぎ込み、鷲達と共に骨も身も喰尽して喜んだ。かくして来る土人も来る土人も、悉く熊のために喰殺され、それ以来鷲を打つアイヌ人は跡を絶つに至った。これは鷲の為には仕合せの様であったが、熊は忽ち餓死線上に彷徨する身となった。熊は大いに悲観した。窮余の一策として熊は、仔鷲を狙って鷲の巣に登り、片っ端から喰ひ荒した。初め親鷲は不思議と恐怖にかられたが、遂に朋友の情義を無視した、暴戻な熊の仕業なることを知った。鷲は再び群議を凝らした結果、雄鷲だけが択捉島へ出稼ぎに行き、雌は皆留守番に残ることにした。番兵の居ることを夢にも知らぬ熊は、今日も平然と空き巣狙ひに、大木に攀ぢ登った。待ち構へて居た雌鷲は、一声高く叫ぶと数百千羽の雌鷲が八方から飛来し、鋭い嘴で忽ちに大熊を征伐してしまった。
今年5月に秋田県でタケノコ採りの女性がクマに襲われて死亡した。このところ、この種の人身被害をよく耳にする。アイヌの狩猟生活も常に、クマに襲われる危険と隣り合わせだったに違いない。そんな動物たちとアイヌの人々の闘いあるいは共生の様子を、父なる爺爺岳が見守っていたのだ。
「世界で最も美しい二重火山の一つ」は誰のものか。それは、ふもとで生活するアイヌの人々が仰ぎ見た、神の宿る山である。
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