バレエダンサー熊川哲也の超絶カブリオールを生で見たことがある。高くジャンプしてパンパンと2回両足を合わせるのだ。まさに身体芸術の極みであろう。彼の率いるKバレエカンパニーによって、今月27日(金)から『マダム・バタフライ』の公演が始まる。よく知られた「蝶々夫人」である。
蝶々さんはアメリカ海軍士官ピンカートンと結婚した。ところがピンカートンは身重の蝶々さんを残して帰国する。「駒鳥が巣をつくるころに戻るよ」と言い残して。これを信じた蝶々さんは一途な思いでピンカートンを待つ。3年後、ピンカートンを乗せた軍艦エイブラハム・リンカーン号が長崎に入港した。大喜びの蝶々さんだったが、ピンカートンに正妻がいたことを知る。絶望した蝶々さんは父の形見の短刀で自害したのであった。
長崎市南山手町のグラバー園内に「三浦環(みうらたまき)の像」がある。日本人初のプリマ・ドンナで、『蝶々夫人』への出演は2000回に上るという。
確かに三浦環の像だが、「蝶々夫人の像」と呼ぶほうが正確かもしれない。我が子に「父ちゃんが帰って来たよ」と教えているのだろう。指さすのは長崎港だ。環が初めて蝶々夫人を演じたのは大正4年(1915)、ロンドンでのこと。説明板を読んでみよう。
日本が生んだ世界的プリマドンナ三浦環は、イタリアの作曲家ジャコモ・プッチーニが長崎を主題としたオペラ マダムバタフライ(蝶々夫人)を30年の長きにわたり世界各国で歌い続け美しい名曲を通じて、広く海外に日本婦人の愛の美徳を紹介した。
その功績をたたえるためプッチーニの肖像とともに、ゆかり深きこの丘に三浦環の立像を建立して永く後世に伝えるものである。
1963年5月26日 三浦環顕彰会 三浦環立像建設促進委員会
主題を「日本婦人の愛の美徳」とするかどうかは議論の分かれるところだ。「日本女性の…」とすればオリエンタリズムからのステレオタイプな見方ともいえるし、エゴイズムがもたらす悲劇と見れば普遍的な主題だと言える。『蝶々夫人』が熊川哲也の演出・振付・台本により全幕バレエ『マダム・バタフライ』に昇華するのだから、やはりストーリーに普遍的な魅力があるということなのだろう。
プリマ・ドンナ三浦環の公演を聴いた作曲家プッチーニは、「初めて私の理想が実現された。あなたは蝶々夫人のイデアーレだ」(三浦環『わが芸術の道』世界創造社より)と歌唱力と演技力を激賞したという。イデアーレとは理想の人という意味である。
聞くところによれば、来年5月・6月に帝劇でミュージカル『ミス・サイゴン』が上演されるという。ヒロインのキム役には、歌唱力に定評のある高畑充希や大原櫻子らが抜擢された。このミュージカルも『蝶々夫人』がモチーフとなっている。
明治時代の長崎もベトナム戦争のサイゴンも歴史の中の出来事のようだが、『マダム・バタフライ』『ミス・サイゴン』として人気を博しているのだから、人の愛憎は今も昔も同じことを繰り返しているのかもしれない。
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